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☆すごい贅沢な感じがする

「……では、あったかいお茶でもどうぞ」

「あ、はい、あったかいお茶をどうも。……おもてなし、してもらっちゃって良いんですか?」

「まだ信用はしてないけど、迷い人に茶の一杯も出さないなんて、心ないことをするつもりはないよ」

「……お姉さん、王国の言葉上手だね」


 お姉さん、と呼んでしまったのは、単純に向こうの見た目年齢がボクよりずっと上だからだ。

 実際は間違いなくこちらの方が長生きだろうけど、残念ながらボクの見た目は黙っていれば十代前半の少女にしか見えない。

 明らかに子供のボクが年上ぶった話し方をしても、相手を怒らせたり不思議がらせてしまうかもしれないと思ったのだ。


「ん、ああ。私は父親が王国人でね……ふたりが王国の言葉で喋っているみたいだから、そうした方がいいのかと。必要なら、現地の言葉に戻すが」

「私はどちらでも。ですが、こっちの子は東の言葉をあまり知りませんから、王国語で話していただけると助かります」

「あ、大丈夫。違う国の言葉でも、魔法で翻訳できるから」

「……リーナ、いつの間にそんな器用な魔法を?」

「や、前回の旅ではちょくちょく言葉通じなくて困ったから。魔法で解決できるならその方が良いと思って、作っておいたの」

「……私は魔法に詳しくはないが、知らない言語を理解するなんて、そんな簡単にできるものなのか?」

「たぶん簡単では無いと思いますが、この子はちょっと特別で……ああ、すみません、ご挨拶が遅れました。私はエルフで、名前はアルカンシア、といいます。長ければ、シアと呼んでいただければ」


 シアが名乗ったのは、正式な彼女の名だった。

 普段ボクたちが呼んでいるシアというのは愛称で、正式には彼女の名前は『アルカンシア』という。

 スタンの書いた『勇者たちの旅』という本ではずっと『シア』と書かれているので、王国の人たちはほとんどがシア様、と呼んでいるのだけど。

 東の国は魔王と戦っていないので、自分のことを知らないかもしれないと思ってきちんと名乗ったのだろう。つまりボクの方も、ちゃんと挨拶をしないといけない。


「ボクは、魔法使いのリーナだよ。よろしくね」

「アルカンシア……シアさんと、リーナさん、だな。どちらも花の名前とは、名付け親のセンスが良いな」

「えへへ……ありがとう」


 ボクの名前をつけてくれたのはシアなので、褒められると嬉しくなってしまう。

 親に捨てられたボクは元の名前を覚えていなかったので、スタンたちと旅立つときにシアに名前を考えて貰ったのだ。

 そしてシアは、自分のアルカンシアという名前が花の名前だからと、ボクのこともそのとき近くに咲いていた花から名付けてくれた。

 リーナという名前は、ボクにとっては掛け替えのない想い出がふくまれた、大切なものだ。


「私は……この森の番をしている、ヒバリ、という。ここは魔物や動物が多いので、その監視役だ。ふたりは、ここでなにを?」

「ヒバリさん、ね。実は……ボクたち、ちょっと迷っちゃって。いや、迷ったっていうか……相方の記憶違いっていうのが正しいんだけど」

「記憶違い……?」


 首を傾げるヒバリさんに向けて、シアが口を開く。


「ええ、実は……昔、このあたりには温泉と宿があって、それを中心にした温泉街があったと思うんですが、ぜんぜん覚えている景色と違っていたので。あ、ヒバリさんはなにかご存じでは……わっ」

「……どうして、そのことを知っているんだ?」


 突然詰め寄られて、シアがびっくりした顔をする。

 だけどそれ以上に、ヒバリさんの方が驚いた顔をしていた。

 幽霊かなにかでも見るみたいな表情は、さっきまでの冷静さが嘘みたいだった。


「どうして、というと……昔、来たことがあるので」

「昔……百年以上は前の話だぞ、ここが温泉街だったのは。そんな冗談……いや、あなたはエルフだと言ったな、だったら不思議はないか……」


 人間やドワーフと混じったエルフでも、寿命は数百年ある。

 ヒバリさんはしばらくの間、もの凄く難しい顔でシアの方を見て、


「……ちょっと待ってくれ。もしかしてシアさんは純エルフで、その紅い目は生まれつきか?」

「あ、はい、そうです。ええと……縁起悪くて、すみません」

「いや、紅い目の純エルフが不吉なんて迷信は、私は信じていないからどうでもいいんだが……ちょ、ちょっと待ってて貰えるだろうか?」

「へ? それはまあ、全然大丈夫ですよ、どうせ迷子ですから。ね、リーナ?」

「うん、ボクの方も良いけど……」

「ありがとう、少しだけ、そのまま座っていてくれ!」


 ばたばたと慌てた様子で、ヒバリさんは小屋に戻っていってしまった。

 残されたボクたちはそれぞれ切り株と岩に腰掛けたままで、まだあったかいカップを持って、


「……どうしたんだろう、すっごい慌ててる感じだったけど」

「さあ……あ、このお茶美味しいですね」

「覚えてないだけで、シアが百年とか二百年くらい前になにかしたとか? 実は昔の知り合いだった、とかない?」

「それだと、ヒバリさんも百歳過ぎてますからもっとよぼよぼでないとおかしいじゃないですか、見たところあのひとは人間ですよ?」

「まあ、それはそうだけど……」


 よく分かってないことを考えてもよく分からないので、素直に待つことにした。

 分厚くてちょっとゴツゴツした、独特の形をしているカップの中身を飲んでみると、普段シアが淹れてくれるものに少し近かった。これが、『緑茶』っていうやつだろうか。

 すっきりとした味を楽しみながら、ボクは待ち時間の暇つぶしにシアに話しかける。


「ところで、ここって温泉街だったんだね」

「ええ、なのでリーナとゆっくりお湯に浸かる目的で来たんですよ。前の旅ではなかなか、そういう機会ってなかったですし……たまにはそういうのんびりした時間もいいかなって」

「なるほど……確かに、ふつうの宿のお風呂とかは入ってたけど、完全に遊びっていうか、お湯に浸かること自体が目的っていうのは無かったね」


 シアの笑顔は柔らかくて、いつも通りだ。

 そのことが、こちらを自然と気遣ってくれているのだと分かる。

 彼女はボクのために、想い出を作ろうとしてくれているのだ。


 ……顔、にやけそう。


 好きなひとが自分に優しくしてくれるだけで、表情が緩んでしまいそうな自分がいる。

 だらしない顔を見せたくなかったので、ボクは崩れすぎないように意識しながら笑顔を作った。


「良いね、ゆっくりお風呂に浸かるって、すごい贅沢な感じがする。旅行感っていうか、そういう感じ」

「でしょう? ……とはいっても、肝心の温泉街がなくなっているとは思いませんでしたが。いったいなにがあったんでしょうか、すっかり森になってしまって……覚えている通りなら、そう簡単に廃れたりなくなったりはしないと思っていたんですが……」


 ヒバリさんの反応からして、ここが温泉街だったのは本当なのだろう。

 けれど今、周囲にあるのは草木をはじめとした、無数の自然と、ぽつんと建った狩猟小屋だけ。

 いろんなお店が並びお客さんで賑わっている歓楽街には、とても見えなかった。前にいった海と同じで、シアに言われなければかつて人の気配があったことすら分からなかっただろう。

 難しい顔をしたシアと並んで、お茶をすする。うん、美味しい。

 どちらにせよ、待っていろと言われた以上は動けないし、考えても分からないことだ。ひとまずはヒバリさんが戻ってくるまで、座っていればいいだろう。


「あ、戻ってきた。……なんか持ってるね」

「あれは……まきもの、ですね。東の国式のノートみたいなものです」

「へえ、地図みたいにくるくる巻いてあるんだ……うわっ!?」


 びっくりしたのは、息を切らせて戻ってきたヒバリさんが目の前で思いっきり頭を下げたからだ。

 正確には、シアの方へと向いて全身を低くしてうずくまるようなポーズをした。

 それはあんまり見たことがない姿だけど、あきらかにシアに対してへりくだっていると分かるような動作だった。


「大変失礼致しました、アルカンシア殿!!」

「へ、へ……?」


 いきなり頭を下げられて謝られたシアは、ボクよりずっと訳が分かっていない顔をしていた。

 当たり前だろう、急にそんな対応をされたら、普通はびっくりするはずだ。


「……シア、やっぱり昔なにかした?」

「し、してませんよっ! た、たぶん……おそらく、きっと! す、少なくとも悪いことはしてません!」


 いや、シアが悪いことしてるのはぜんぜん想像できないから、そこは疑ってないけど。

 どう見てもコレ、なにかあったときの反応だよ。



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