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☆一回戻ろっか?

 枯れたアルラウネが、チリのように崩れていく。

 ボクが使った魔法は、相手を完全に分解してしまうまで止まらない。

 昔戦った魔物の中には枯れたあとでも毒をまき散らしたりするものもいたので、完全に消滅させるようにきちんと魔法の効果を調整したのだ。


「それにしても……どうしてあんなに大きいアルラウネが、こんなところにいたのかな?」

「アルラウネの増え方は様々ですが……タネが風に乗ってきたか、鳥が運んできたか、誰かが持ち込んだのか……いずれにせよ一番問題だったのは、ここの環境です」

「環境……?」


 言っている意味が分からずに、ボクは首を傾げる。

 シアは崩れていく巨大なアルラウネを見ながら、頷いた。


「ええ。理由はともかく、アルラウネのタネが落ちたのが、温泉が湧く場所だった……それがこの問題の原因ですよ」

「……もしかしてここに湧いてた温泉って、ちょっと特別なやつ?」

「はい。……私が昔、温泉に溶け込んだ魔力を『視』て場所を特定して、カワセミさんと掘りあてたのがここですから。つまりここで湧いてる温泉は魔力入りです」

「それは……天然の魔力ポーションみたいなものが湧いてるってこと?」

「そうですね。普通の温泉でも珍しいんですが……ここのはその中でも特別で。浸かっているだけで魔力が回復するし、魔力のお陰で傷の治りなんかも早くなるって有名だったんです。帝……この国の王様がヒバリさんの一族に管理を任せたのも、それが理由でしょう」


 よく考えてみれば、いくら魔物が出たといっても温泉ひとつ取り返すために軍隊が何度も送られてくるというのは物々しい。

 つまりそれだけの価値が、ここの温泉にはあったということだ。


「じゃあ、その温泉に、アルラウネのタネが落ちて……」

「栄養たっぷりの魔力入り温泉で成長したアルラウネは、その魔力を独占するために周囲の環境を変え、人間を追い出した……ということですね」

「偶然がひどいにもほどがあるでしょ、ソレ……」


 ふつうの温泉ではなく、魔力が混じっている温泉。

 魔物の、それも植物型のタネが落ちたりすれば、どうなるかは想像がつく。

 温泉に溶け込んだ魔力を吸い上げた結果が、あの通常よりも遙かに強い力を持ったアルラウネだったのだろう。


 さっきまで魔物だった残骸が、風にさらわれていく。

 ひゅう、という音のあと、ほんの少しだけ静寂が訪れて。

 次の瞬間、それまで魔物がいた場所からお湯が噴き出した。


「うわっ」

「おお、流れが滞ってた分が一気に出てきましたね」

「あのアルラウネが、栓とか蓋みたいになってたってことだね……」


 水柱、というかお湯柱の勢いは強く、見上げるほどの高さまで伸びている。

 にわかに風に湿度が混じり、独特の香りと魔力を感じた。


「せっかくだからゆっくり浸かっていきたいところだけど……温泉に入るためには、いろいろ準備が必要だね、コレ」

「そうですね。でも、急ぐ旅では無いですし……」

「うん。三十年とは言わないけど、ちょっとだけここで、お風呂でも作っていこっか」

「リーナの魔法があれば、簡易な温泉施設の建設くらいはすぐに終わりますよ。あの頃はカワセミさんとふたりで、手作業でぜんぶやってましたからねえ……」


 働いたのだから、一番風呂の権利くらいはあるだろう。

 しみじみとしたシアの言葉を聞きながらそう考えていると、後ろから急ぎの足音が近づくのが聞こえた。

 きっと、遠くからお湯が噴き上がるのを見て戻ってきたのだろう。振り返ると、思った通りの相手が息をきらせてこっちに走ってきていて、


「おふたりとも!!」

「あ、ヒバリさん。見ての通り、終わったよ」

「あ、ああ……ええと……す、すまない、びっくりしすぎてこう、感想というか、言葉がすぐ出てこない……」


 百年以上前から、ここの温泉はあのアルラウネによって奪われていた。

 つまりヒバリさんは、こうしてお湯が沸いているのを見るのははじめてのはずだ。

 子供の頃からずっと魔物に占拠されていて、親や祖父からかつてあったのだと聞かされていただけの存在だった温泉が、ふたたび湧いた。

 びっくりしすぎている、というヒバリさんの反応は、おかしいものではないと思う。


「あんまりここにいると濡れちゃいそうだね。ヒバリさんも落ち着いてないし、とりあえす一回戻ろっか?」

「そうですね。お湯も今は噴き上がってますが、しばらく経てば落ち着くでしょうし。ああ、でも……リーナ、ちょっとだけ待っててもらって良いですか?」

「ん、良いけど……どうしたの?」

「いえ、せっかくですから少しだけ……アルラウネからの恵みを貰っていこうかなと」

「恵み……?」


 もしかしてアルラウネを食べるつもりだろうかと思ったけど、既にボクの魔法で跡形も無く消滅しているので不可能だ。

 言葉の意味がよく分からないまま首を傾げていると、シアはアルラウネがいた方向へと歩き出した。

 つまりは今、お湯が噴き上がっている場所の近くだけど、彼女は多少濡れることは気にしていない様子で、周りに生えている木のうちの何本かを見て、


「……これとか良さそうですね」


 なにかを見つけたらしく、シアはその場で跳んだ。

 エルフは腕力はドワーフや獣人には劣るけど、基本的には森に生きる種族なので、身体能力は決して低くはない。

 跳躍は高く、気軽で、羽根が浮くようだった。思わず見惚れてしまうほど、余裕と美しさのあるジャンプ。

 空中でシアが腰からナイフを引き抜き、閃かせる。枝に向けて放った刃はほとんど葉っぱを散らすことはなく、あるものだけを器用に切り取った。


「よいしょっ」


 彼女が木から切り落としたものは、果物だった。

 しかもそこまで植物に詳しくは無いボクも知っているくらいありふれた、お店でもふつうに売られているようなもの。

 二度、三度と跳躍し、シアは何度も空中で刃を振るう。そのたびに、果物が地面へと落ちた。

 一抱え分くらいの量を落としたあと、シアは果実をすべて丁寧に拾ってこちらに戻ってくる。


「お待たせしました、それでは一度狩猟小屋まで帰りましょうか」

「シア、それ……りんご? いや本当に林檎? でっか……」


 ふつうの林檎なら、片手で持てる大きさだ。

 だけど今、シアが木から切ってきたそれは、ふつうの林檎の二倍くらいの大きさがあった。

 ぷっくりと膨らんでいてつやつやとした果実は見るからに美味しそうだけど、こんなに大きな林檎は見たことがない。


「アルラウネは温泉に混じっている魔力を使って、この土地を自分に過ごしやすい……言い換えれば、栄養豊富な土地に変える魔法を使いました。その恩恵は、アルラウネの周囲に生えている草木もきちんと受けています」

「つまり……この林檎はアルラウネの近くに生えてたからすっごいいっぱい栄養と魔力を吸ってこんなに大きくなったってこと?」

「ええ、そういうことですね。このサイズですが、味も大味ではなく、とても甘くて美味しいはずですよ。……アルラウネは食べられませんが、こっちなら美味しくいただけます」

「じゃあ……」

「ええ、ひと働きをしたあとですから、みんなで美味しいご飯にしましょう」


 たくさんの林檎を抱えて、シアが柔らかく微笑む。

 思いがけない、文字通りの収穫だった。


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