「というわけで、アルラウネアップル……と呼ぶことにした林檎のコンポートです。ヒバリさんにパンを分けて貰いましたので、それと併せてどうぞ。あとはリーナの魔法で林檎を凍らせて、それをすりおろしてみました。こちらにもコンポートをかけて大丈夫です」
コンポートだけでは少し寂しく、かといってただ剥いて出すというのも少々味気ない。
というわけで、リーナに手伝って貰ってもうひと品、ちょっと変わったモノを作ってみた。
「果物で作ったかき氷、のようなものか。こういうところでは贅沢だな……」
「そういうものなの?」
「ええ、氷菓子はきちんとした設備を用意するか、魔法が使える人がいないとなかなか難しいですからね」
「私たちのように魔法が使えず、田舎に住んでいるものにとっては行楽地にでも行かなければ食べられない高級品だな、ありがたくいただこう」
話している間に、いくぶんか力の抜けた様子で、ヒバリさんが両手を合わせる。
私とリーナも、同じように手を合わせて、
「「「いただきます」」」
三人分の声が重なり、食前の挨拶になる。
私はいつも通り、作った料理の感想が聞きたいのですぐには料理に手をつけず、ふたりが食べるのを待った。
「……美味しい」
「うわ、すごい、ふつーに売ってる林檎と全然違う! すっごい美味しい!!」
ヒバリさんの方はしみじみと、リーナの方はびっくりした様子で、それぞれ良い感想を言ってくれた。
「……ここの森は普段から、野草や果物がよくよく育っていたが、さすがにあのアルラウネの近くに生えていただけはあって、格別に美味しいな」
「魔力の大本、源泉の近くに生えていた木ですからね。栄養と魔力をたっぷり吸って、アルラウネのお陰で外敵もおらず、すくすく育ったみたいですね……はむ」
ふたりの感想は聞けたので、私も口をつける。
コンポートをそのまま食べてみると、しっかりと甘く、また煮込み時間が短いので素材の食感や香りもきちんと感じられた。
砂糖はかなり少なめにしたけれど、それでも林檎が元々持っている甘みが強く、一口食べるだけで満足感のある味がする。それでいて爽やかな香りがあり、後口は重たく感じなかった。
ジャムのように砂糖の強い甘みも良いけれど、『果物を食べている』という感覚はこちらの方が強い。当然、パンにもよく合う。
「……うん、良い味ですね」
林檎そのままのかき氷も、美味しい。
凍らせたことで少しだけ風味は弱くなっているけれど、それでも十分すぎるくらいに林檎の香りと甘みがある。口溶けは優しく、ほどけるように軽い。
そのまま食べればさっぱりとした美味しさで、そこにシロップ代わりにコンポートをかけると一気に贅沢な味になる。ひと品で二度楽しめる、いい甘味だ。
「甘い物ってやっぱり美味しいよねぇ……」
嬉しそうにリーナが食べ進めてくれるのが、作った側としてはとても嬉しい。
ヒバリさんの方も静かに、丁寧に、けれど何度も頷きながらかき氷とコンポートを楽しんでくれている。
果物らしい甘さと香りを楽しんでいるうちに、私たち三人のお皿はいつの間にか空っぽになっていた。
「すっごい美味しかったぁ。あと、魔力いっぱい入ってて、アレだけで魔法使いは喜ぶと思うな。一切れ食べたら結構魔力回復すると思う」
「魔法が使えないひとでも、魔力を摂取することで自然治癒力があがると言われていますから、滋養強壮にすごくいい林檎ですね」
元々、あの温泉に魔力があるのは分かっていた。
魔力が含まれていたからこそ、私の『眼』で見つけることができたのだから。
「本当に美味しかった……ありがとう、シア殿」
「いえいえ、アルラウネ討伐のおまけというか、戦利品のようなものですから。みんなが無事に戻ってこれて、良かったです」
リーナとの連携に不安はなかったけれど、それでも決して弱い魔物ではなかった。
魔法による対処と、私が前衛で回避することで被害は一切なかったけれど、一発でも相手の攻撃が通ってしまえば充分に死の危険があった。
今回はあくまで戦術がうまく機能しただけで、無傷ではあったけど簡単な勝利ではなかったと思う。少なくともリーナとのふたり旅の中では、あのアルラウネが一番強かっただろう。
今後も、強敵との戦いがあれば気を引き締めて臨まなければ。今の私たちには盾役になってくれるひとがいない以上、一手しくじるだけで全滅する危険がある。
「……ところで、ヒバリさん。ちょっと良いですか?」
「ん……なんだろうか、シア殿」
食事が終わり、落ち着いた空気感が流れている。
今ならゆっくりと話し合いができると思い、私は今後のことを話題にあげることにした。
「この後のことなんですが……アルラウネはいなくなりましたが、周辺の環境をかつての状態、つまり百年以上前の温泉街があったころと同じに戻すことは難しいと思います」
「私はそのころ生まれていなかったのでまったく知らないんだが、今とはだいぶ違うのか?」
「ええ、昔はこのあたりはどちらかというと岩とか土ばかりの土地で……逆に言えば、木を切ったりしなくても家やお店がすぐに建ちました」
カワセミさん、という彼女の祖先と私が温泉を探していた時代はこの土地は荒れ地だったので開拓にはそれなりに時間はかかったけれど、草木を刈る必要などはなかった。
むしろ建材として、木材を持ってこなくてはいけなかったくらいだ。
しかし今、この場所はアルラウネによって大きく地形を変えてしまっている。それを元通りに戻すのは、難しいと思う。
「実際のところは時間をかければ元通りに近いようにはできるとは思いますが……個人的には、あまりオススメできません」
「温泉街に戻すとなにか問題があるの、シア?」
「長い目で見ると、それなりにあります」
リーナの言葉に、私は頷いた。
空になった食事の皿を重ね、まだ残っているお茶で喉を潤すことを前置きとして、話を続ける。
「まず、この土地を大きく変えてしまったのはアルラウネで、それ自体は明確に魔物による『被害』と言っても良いでしょう。実際、温泉街を壊滅させた結果、お店をしていたひとやお客さんにとっては大変だったでしょうから」
「……まあ、お陰でうちは温泉街の主という大金持ちから、自給自足の狩人一族になることになったからな」
「ええ。ですが、それももう百年以上前で……この環境はもう、この土地の『当たり前』として機能してしまっています」
「……つまり、どういうこと?」
「アルラウネを討伐したからといって、この森の機能がすっかりなくなってしまうわけではないので、今からひとの手でそれを破壊してしまうのはリスクがあるということです」
アルラウネの使う魔法は、自分の周囲の環境を作り替えるのが目的だ。
しかしそれは言い換えれば、自分の周りを『ほんの少し』自分や植物にとって暮らしやすい環境にするというだけ。
「アルラウネは確かに自分の周りに草木を増やして自分に適した環境を作りますが、そのあとのことは自然の力です。アルラウネが生やした草木による恵みや隠れ場所を求めてほかの動物や魔物、虫などが集まり、その営みによってまた土地が肥えてまた森の栄養になっていく……というサイクルを、ここはもう百年以上も続けています」
「……今からこの森を更地にしてしまうと、ここを住処にしているほかの生き物や土壌に悪影響がでるということだな?」
「ええ。温泉の流れなどもアルラウネの好みで変えているはずですから、土地に手を加えすぎると最悪の場合は温泉自体が枯れてしまったりするかもしれません。そうでなくとも、木々を切り倒して追われた動物や魔物たちがよその土地に行き、そこでまた生態系に影響を与えてしまう……そうなるとこの森だけでなく、周辺のすべてがまったく違う土地になってしまいます」
既にこの場所は、森として『完成』してしまっている。
それを崩した結果、なにが起きるのかはある程度までしか想像ができない。
かつて温泉街だったこの場所が、狩人の住む森林へと変わってしまったように。
この周辺が、これまでとまったく違う土地になってしまう可能性は高い。
「なので、個人的にはオススメはできません。周辺への影響を考えると……なにが起きるのか、純エルフの私でも正確に予測できません。それくらい、生態系や自然というものは複雑です」
「まあ、たまたまアルラウネが居着いただけで森ができちゃうくらいだもんね」
「そうだな…………」
じっくりと、私がいった言葉の中身を考えてくれたのだろう。
しばらくの時間をかけて、ヒバリさんは口を開いた。
「確かに、ご先祖さまの悲願はここの温泉街を復活させることだった。帝様には何度も助けを求めていたようだし……日記などにも、気持ちが充分につづられている」
「ええ、そうでしょうね。カワセミさんは自分が主動になって作り上げた温泉街のことを、大事に想っていましたから」
「ああ……とはいえ、それはあくまで伝聞でね。私にとってここは生まれたときからこんなふうで……温泉街だった、と言われる方がピンとこないんだ」
「そりゃそうでしょ、初めて来たボクだってぜんぜん想像できないもん。ここらへんが観光地だったとか、シアが言わなかったらぜったい信じてないよ」
「うん。私にとってここは……まあ、ちょっと大変なことも多いし、生まれたときから危ない魔物が中央に陣取ってはいたけれど、森である方が当たり前の土地だ。それを今さら、また温泉街にしようといわれても、やる気はちょっと出ないな」
肩の力を抜いた表情での言葉は、本心に思える。
先祖の考えとは違うけれど、それは別におかしなことではない。
聞いたことしかない時代のことなんて、思い入れをもてなくて当たり前なのだから。
「……シア殿はご先祖さまと直接の知り合いだが、私の考えは、間違っているだろうか?」
「そうですね……カワセミさんが聞いたら、きっとがっかりするでしょう。なんなら怒るくらいするかもです」
「う……」
「ですが、ここにはもう、カワセミさんはいません。今のことは……今生きて、ここにいるひとが決めるべきですよ」
カワセミさんは、私の大事な友人だ。
けれど彼はもうここにおらず、ヒバリさんは彼と話したことすらない。
日記という形で残ったかつての、それも他人の感情に、流されてしまう必要はどこにもない。
たとえそれが、かつての友人の望みとは外れることだったとしても。
私は今、ここに生きているひとたちの選択を尊重したい。
懐かしむことができる程度の想い出は、充分に手元にあるのだから。
「それに、カワセミさんは確かにお友達ですが……ヒバリさんも、私の新しいお友達ですからね。危険や悪意がないかぎり、友人の望みは尊重しますよ」
「……ありがとう、シア殿。では……ここを温泉街のように、賑わった場所にすることは、私はしない。ただ、小さな温泉宿のようなものはできたらと思う。自然の恵みを味わったり、空気を感じたりしつつ、ゆっくりと温泉に浸かれるような。それなら……友人や帝様をいつでも歓迎できるくらいは、できるだろうから」
「それは、とても良いことですね。……アルラウネが作り出したこの森は、地下の魔力がよく巡っています。ここの植物はこれからもしっかりと育つはずですから、森の恵みは変わらずあることでしょう」
「これからも、こういう美味しい林檎が採れるってこと?」
「ええ。そしてそれを求めて、いろんな生き物も暮らしていけるはずです。……ゆっくりと温泉に入れる程度には、動物や魔物に対しての備えは必要ですが」
私個人としても、せっかくの綺麗な森を更地にしてしまうのは忍びない。
楽しげにひとが行き交う場所も悪くはないけれど、狩人としての私が落ち着くのは、こういう自然が豊かな空間だからだ。
「それでは、せっかくなので数日滞在して、温泉を作るお手伝いくらいはさせていただきますよ」
「……良いのだろうか、本当になにからなにまでお世話になってしまうが」
「構いませんよ。魔王を討伐するような、急ぎの旅ではないですから。その代わり……私たちも、温泉に入らせて頂ければ」
「それは、もちろん。ぜひ、よろしくお願いするよ、ふたりとも」
「ん、決まりだね。それじゃ……そろそろ日も沈むし、明日からみんなで温泉工事しよっか」
方針が決まったので、私たちは力を抜いて笑い合う。
こうして私とリーナはしばらくの間、ヒバリさんの狩猟小屋でお手伝いをすることにしたのだった。