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☆見過ぎです

 数百年前はずいぶんと月日のかかった作業は、リーナのお陰で本当に数日で終わってしまった。

 道の整備やお店を建てるという工程が必要ないこともあったけど、彼女の魔法があればスペースのために多少木を間引くことや、温泉を溜めるための穴を掘ったり地面を整えることもすぐに終わってしまう。


「魔法が使えるひとがいると、本当に早いですね。昔はスコップやら斧やら持って、何日もかけて整備したものですが」

「えへへ、凄いでしょ」

「ええ、本当に凄いです。ほとんど計画を考えるだけで、手を動かさずに済みましたから」


 誇らしげなリーナの頭を撫でると、人なつっこい笑みが返ってきた。

 元々が年下で、かつての旅ではかなり面倒を見ていたこともあってついついこうしてしまうけれど、彼女の方も変わらず嬉しそうにしてくれる。


「でも……良いのかな、ボクたちだけ先に温泉に入っても」

「ヒバリさんのご厚意ですからね、素直に受け取っておきましょう」


 完成した温泉の一番風呂は、私たちということになった。

 ヒバリさんもいっしょに入るべきだと思ったけれど、彼女の方が譲らなかったのだ。

 そうして私たちは今、簡易的に建てた脱衣場で服を脱ごうとしている。

 今この土地にいるのは全員が同性だけど、ゆくゆくはここを小さな温泉宿にするために、必要だと判断したものは用意した。具体的には脱衣場と、男湯と女湯を隔てる柵、そしてトイレなどだ。

 簡易的なものなのでいずれは改修が必要になるけれど、それはヒバリさんに任せることになった。


「ん、しょっと」


 リーナが結んでいた髪をほどくと、綺麗な銀髪が広がった。

 するすると服を脱ぎ、そのままカゴに入れている様子を見ると、性格が出てるなと思う。

 私の方も衣服を外し、こちらは服にシワがつかないようにたたんでカゴにいれた。


「…………」

「……? どうしました、リーナ? あ、服たたみましょうか?」


 準備を終えてからふたたび彼女の方に視線を向けると、リーナもこちらを見ていた。

 視線が合ったことで服をたたんでいるところを見られていたのだと思って質問すると、リーナは慌てたように首を横に振った。


「あ、ううん。えっと、ごめん、シアのこと見ちゃってた」

「いえ、謝るようなことではないと思いますが……いっしょに入るわけですし、相手の準備が終わったかとか、見ないと分からないじゃないですか」

「いや、そうじゃなくって……その、ええと……ああ、もうっ……」

「……?」


 リーナは少しの間、言いづらそうに視線をさまよわせた。

 どういうことか分からずに首を傾げていると、彼女は顔を真っ赤にしてこちらを見て、


「……シアの身体見て、いろいろ考えちゃってたの。こう、ええと……なんかもう、いろいろだよ、いろいろ!!」

「あ……」


 言われて、ようやく理解した。

 彼女の視線が向いているのは、私の顔や手のような部位ではなくて、身体全体。

 私のことを『好き』という彼女が、私のことをあちこちを見て、いろいろなことを考えている。そこまで言われれば、さすがの私も羞恥心を感じるには充分だった。

 予想外の反応の意味を理解して、体温がぐっと上がる。鏡なんて見なくても、今の自分の顔が真っ赤になってしまっているのが分かった。


「そ、そう、ですか……」


 自分でもびっくりするくらいしどろもどろに、言葉を返してしまう。

 心臓がぐるぐる回っているのではないかと思うくらいに熱くて、うるさくなっている。

 けれど、今さら自分の身体を彼女から隠すのも、それはそれで恥ずかしいことのように思えてしまう。


「え、ええと……は、入りましょうか」

「う、うんっ」


 結局私は彼女が言ったことを深堀りしたりすることはできず、話題をそのものを変えることで逃げてしまった。

 リーナの方も言ってて恥ずかしかったようで、頬を染めながら頷く。

 結局私たちはこの話を放置する形で、ふたりで温泉へ向かうことにした。


「っ、は、ふぅ……」


 お湯に浸かると、リーナがしみじみとした吐息をこぼした。

 私の方も、たぶん自然と吐息が出てしまっているだろう。それくらいには、心地の良いお湯だった。

 あたたかさはちょうど良く、優しい。肌にひりつくような感じではなく、ゆっくりと温度が染み入るようななめらかさだった。


「気持ちいいね、温泉」

「そうですね……良い感じの温度です」

「元々はちょっと熱かったから、ここに溜まるときにちょっと冷めるように調整して正解だったねえ」

「そのあたりもリーナのお陰ですね。この設備が数日でできるんですから……」


 手作業でこういう設備を作るとなると、大変だ。

 なにせ道具は原始的なものしかなく、人手も三人だけしかいない。

 それが魔法によって手順を大幅にスキップし、人数も必要なくなった。

 シャベルで地面を掘り返さなくても魔法で整備できたし、必要な分の木々の伐採などもすぐ終わった。

 脱衣所を建てるのも設計図などは私が作ったけれど、組み立てはほとんどリーナの魔法によって木を削り出して組み上げた。手作業で細かく削ったり持ち上げるのは大変なので、もの凄く助かった。


「んっ……」


 お湯の中で身体を伸ばすと、温度の中に身体の疲労がほどけていく感覚があった。

 数百年前の作業ほどは身体を使っていないけれど、それでも数日の作業で多少疲れている感覚はあり、それが抜けていくことに心地よさを感じる。


「はあぁぁあ……」


 今度は意識して、深く息を吐く。

 余分な力が呼吸という形で抜けて、リラックスした気持ちになる。

 先ほどまでの羞恥心ごと、無駄な緊張を温泉の気持ちよさが取り去ってくれる。


「…………」

「……あの、リーナ。見過ぎです」

「っ、あ、ごめん、ついっ……」


 せっかく落ち着いたのに、ものすごくリーナからの視線を感じる。

 抜けたはずの羞恥心が身体の奥から上がってきて、お湯の温度と混ざってしまう。


「……見ても、そんなに面白くはないと思うんですが」

「ご、ごめん。でも、面白いとか面白くないじゃなくて、つい見ちゃうんだよ。……好きだから」

「っ、も、もうっ……」


 言い訳をしないのは良いことだけど、はっきりと言われるのも恥ずかしい。

 元々、私は自分の容姿というものに自信がない。太りすぎていたり、痩せすぎたりはしていないと思うけれど、純エルフという身の上の私はどうしても、自分の紅い目のことが好きになれない。

 けれどリーナはそんなことを気にしていないし、私のことを好きだと言ってくれる。

 その上で、こんなにはっきりと視線を向けられると、どうしたって意識してしまう。


「…………」


 むず痒くて、恥ずかしくて、どこか喉の奥が甘酸っぱい。

 千年生きても味わったことのない、落ち着かない気持ちが、私の心音を早くする。

 は、とこぼれた吐息は温泉の熱に負けないくらいに、熱く感じた。


「……ねえ、リーナ」

「あ、う、うん、なぁに?」

「その、そんなに……私のこと、好きですか?」

「うん、大好き」

「っ……」


 即答だった。

 顔を真っ赤にして、どこか恥ずかしそうな顔をしているけれど、彼女の返答ははっきっりとしていて迷いがない。

 自分で聞いておいて、彼女の言葉に照れてしまう自分がいる。

 まっすぐな紫色の目に見つめられて、心臓が潰れてしまいそうだった。


「あ、ぅ……」


 照れ隠しにいろんな言葉が頭をかすめるけれど、どれも口には出せなかった。

 純エルフでありながら紅目であるという不完全も、私がややこしい性格をしていることも、そもそも私たちが同性であることすら、リーナはすべて承知の上で私を好きだと言ってくれているのだ。

 そんな彼女のまっすぐな気持ちを知ってしまっているからこそ、私は自分を卑下する言葉すら出せなくなる。


「ずっと好きだったし、これからも好きだよ」


 真剣な表情で、彼女が一歩踏み込んでくる。

 まっすぐな視線がぐっと近くなって、私はその場を動けなくなってしまう。

 いろいろな感情や言葉が浮かび、なにを言うべきかをほんの少しだけ迷った。


「あ……」


 ふ、と頭の中に浮かんだ言葉は、『約束』。

 自分が不安に思っていることもきちんと話そうという、彼女と結んだ新しい約束だった。


「……正直、リーナがどうして私のことを好きなのかは、よく分かりません」

「一からぜんぶ説明した方が良い?」

「それはいいですっ。……正確には、分かってるけど、分からないのです。私は、自分に自信が……どうしても、持てませんから」


 気持ちは嬉しいし、どうしてリーナが私のことを好きなのかも知っている。

 それでも、こんな私にそこまで想ってもらえるだけの価値があるのだろうかと、どうしても考えてしまう。

 私にとって、自分という存在は、どこまでも不完全だからだ。

 どれだけ愛されても、認められても、きっと私はいつまでも自分のことを好きになれないでいるだろう。


「それでも、リーナが好きと言ってくれて……すごく、恥ずかしいけど、嬉しいって思ってしまうんです」


 たとえ自分で自分のことが好きになれなくても。

 こんな私のことを好きだと言ってくれるリーナのことを否定することは、したくなかった。

 どうしたって嬉しいと感じて、心臓が早鐘を打つことは、事実なのだから。

 なにより、私自身のことは信じられなくても、リーナのことは信じられる。


「ん……迷惑じゃないなら、良かった」

「迷惑だなんて、思ったことはありません。それに……私だって、リーナのことは……す、好き、です……」


 自分でも、驚くほど声が震えているのが分かる。

 それでも私は、絞り出すようにその言葉を口にした。

 自信のない私でも、せめて気持ちを返すくらいはしたいと思ったから。

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