私の言葉を聞いて、リーナは紫色の瞳をいっぱいに見開く。
相手の目に映っている自分の顔が真っ赤なことを自覚していると、彼女は首をゆっくりと傾げて、
「……ほんとに?」
「ほ、本当です。こんな恥ずかしいこと、冗談で言えません……」
「じゃあ……ボクが言ってる好きの意味、ちゃんと分かって『自分も好き』って言ってる?」
「わ、分かってます。友達とか、仲間とかじゃなくて……ん、うぅ……こ、恋人になりたいって意味で……」
言葉にすることが恥ずかしくて、声はだいぶ小さくなってしまった。
それでも、近くにいるリーナにはちゃんと聞こえているだろう。
「……リーナの好きが、そういう意味の好きだって分かってから、私もちゃんと考えました」
雰囲気や言葉に流されて、言っているわけではない。
この旅が始まって、もうそれなりの日数が経過している。
その間、私は彼女の言葉の意味や、自分の気持ちをじっくりと考えていた。
そうして今、自分の心臓が動く意味を、きちんと理解している。
「もちろん、最初は……戸惑いましたし、そんな気持ちはありませんでしたよ。私にとってリーナは、大事なひとで……でも、そういうことを考えたことは、ありませんでしたから」
「ん……まあ、それは見てれば分かるって言うか、知ってたけど。シアはめちゃくちゃ鈍感だし、ボク以外にもそういうこと一回も考えたことなさそうだって」
「うっ……そうですね、図星です……でも、今は……ちゃんと、考えています。あなたともう一度旅をすることを決めて、今日まで、ずっとずっと、考えていましたから」
確かに最初は驚いて、どうすれば良いのか分からなかった。
いや、本当は今も、どうすれば良いのか分からない。
正解がなんなのかは分からないままだけど、それでも『どうしたいのか』は、自分で答えを出すことができたから。
恥ずかしくても、どうにか目をそらさずに彼女と話せている。
「私は……自分にずっと自信がなくて、今だって自分を好きにはなれません。それでも、リーナが私のことを好きだっていってくれるのは、嬉しいし……その気持ちを、無視したくはないって思います」
「……シアらしいと思う」
「ええ、そうですね、自分でも、私っぽい面倒くささだなって思います。でも、ええと……それで気を遣って受け入れてる、とかではなくて……リーナとどうしたいのかって改めて考えたときに……今まで、感じたことのない気持ちがちゃんとあったんです」
「シア……わっ」
「っ……!」
今までのように、遠慮するのでも、自然と世話をするために触れるのでもない。
きちんと意識して、私は彼女を抱き寄せた。
……はっずかしいっ!!
自分からひっついておいて、もの凄く恥ずかしい。
そもそもお互いなにも身につけていないので、肌を直接触れ合わせる格好になってしまっている。
今すぐ謝って離れたいくらいに全身が熱くなる。けれど、嫌ではないとも思ってしまう。
「あ、あの、シア……」
「っ……き、聞こえますか、リーナ。私の、心臓」
「あっ……」
持ち主である私ですら、びっくりするくらいうるさい。
このまま爆発してしまうのではないかと思うくらいに、心臓が凄い音を立てている。
「……最近は、リーナのことを考えるとずっとこうなるんです」
自分でも驚いてしまうほどに、血と感情が全身を巡っている感覚がする。
千年生きて一度も味わったことの無い熱と落ち着かなさは、私にこれが『恋』なのだと理解させるには十分すぎた。
キッカケは彼女の言葉で、元々はそんなつもりはなかったとしても。
今は、自分の気持ちがそうなのだと確信できるほどに、私の中でリーナへの気持ちが大きくなっている。
「し、シア……」
「っ……」
抱きしめたままの至近距離で、戸惑った声で名前を呼ばれる。
相手を困らせていることが分かってしまって、恥ずかしいのに、もっと聞いてほしい。
一度触れて、抱き寄せてしまったことで、私の中にあった大きな壁をひとつ超えてしまった感じがする。
「……好きです、リーナ」
羞恥心がなくならないままに遠慮が消えてしまい、声が震えることを自覚する。
それでも、私は大事な言葉を彼女の耳元で口にした。どんなに小さな声でも聞こえるように、至近距離で。
言ったあとで少しだけ後悔してしまうくらいに心臓が更に早く動き、喉の奥から熱がせり上ってくる。
「……シア!」
「ひゃっ……!?」
ぐ、と押される感覚がして、リーナと少しだけ距離が離れた。
突然のことに驚いていると、彼女は私に負けないくらい顔を真っ赤に染めて、
「……ボクも、シアが好き」
「あ……は、はい、し、知ってます……だ、だからその……えと、あの……こ、これから、よろしくお願いします、ね……?」
リーナからの真っ直ぐな好意を、聞くだけでどきどきしてしまう。
恥ずかしくて、今更自分が年甲斐もなく凄くはしたないことをしてしまったと自覚して、逃げ出してしまいたくもなる。
だけど既に想いは言葉として溢れて、伝えてしまった。そして彼女からも変わらず、好きだと言われてしまった。
もう取り消せないし、飲み込めない。どんなに恥ずかしくても、それを上回る嬉しさがあることを知ってしまったから。
「本当は、もう少し前から答えは出ていたんですけど……なんというか、タイミングをいつにしたらいいのか、分からなくて……あと、ヒバリさんもいたので、返事するのが遅れてしまって……ご、ごめんなさい、リーナ」
「いいよ、そんなこと。何百年だって待つつもりだったんだから、思ったより早かったくらいだよ」
「そ、そんなに……?」
「うん。だってシアのことなら、いつまででも待てるくらい好きだから」
「あ、うぅ……」
ぱあ、と明るい笑顔で好きと言ってくれるのがまぶしい。
その言葉に、私も、と返してあげたいのに、しどろもどろになってしまう。
私の方がずっとずっと年上なのに情けない限りだけど、きっと彼女はそんな私でも好きでいてくれるのだろうと思うと、少しだけ嬉しくなる。
不完全な私のことを、疑いようもないくらいにまっすぐに好いてくれる相手がいるということに、恥ずかしいけれど、すごく安心してしまう。
リーナのまっすぐな目に映っている私のことなら、少しだけ、許せそうな気がするくらいに。
「……えへへ」
ふにゃ、とした笑みで、リーナが笑う。
私もつられて、顔が緩んでしまった。
「うわー、うわぁ……なんだろう、嬉しい……こう、嬉しすぎて、あっちこっち走ったり叫んだりシアに抱きついたりしたい」
「お、お風呂で暴れるのはダメですよ?」
「お風呂から上がった後なら良いの?」
「それは、ええ、と……だ、抱きつくのは、いいです……」
意味もなく走るのは危ないし、叫ぶのはヒバリさんが驚くだろうけど、ひっつかれるのは、嫌じゃない。
たぶん心臓が潰れそうになるだろうだけど、きっとそれ以上に幸せだろうから。
私は消え入りそうな声で、彼女に返事をした。
「んっ」
「ふえっ」
いい、と言ってしまったからだろう。
リーナが明らかに目を輝かせて、両手を広げる。
「そ、それは抱きつくというか、抱きしめられる方じゃないですか、あ、あと、まだお風呂からあがってません、よ?」
「ダメ? さっきはしてくれたのに?」
「そ、そうですけどっ……あ、改めては、恥ずかしい、というか……あ、い、嫌じゃないです、嫌じゃないんですけどっ……」
「ふふ、だと思った。じゃあ、やっぱりボクの方から行くね。んっ」
「ひゃ、わわぁっ」
私がおたおたしている間に、リーナはあっさりともう一度距離を詰めてきて、そのままひっついてきた。
自分から抱きしめるのと違う、思い切ることのできない不意打ちの密着。
肌同士が触れ合って、改めてお互いに裸だと言うことを自覚する。
「……千年後も、ずっと好きだよ」
「ひゃ、ひゃいっ……」
その言葉は、ズルすぎませんか。
そんなことを言われてしまったら、頷くしかなくなってしまう。
同じような殺し文句は私には絶対言えないなと思いつつ、私はリーナの言葉と体温にただただ恥ずかしくなってしまうのだった。