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☆タイミングが悪かったかな

「本当にありがとう、シア殿、リーナ殿。魔物の退治ばかりか、温泉の立て直しに、迷い人の救助までしていただいて……感謝に絶えない」

「いえいえ、こちらが勝手にしたことですから。ね、リーナ」

「うん。温泉にもいっぱい入らせて貰ったし、気にしないで。また、ぜったい逢いに来るね」

「ああ、ぜひいつでも来てくれ。温泉の準備が整って帝様にご連絡をしたら、両親も呼び戻すつもりだから、今度は父様と母様もいっしょにあなたたちを歓迎するよ」


 温泉の立て直しが終わり、数日後。

 ボクたちはふたたび旅に出ることになった。

 ほんの十日ほどの滞在だけど、たっぷりと温泉を楽しませてもらったし、ヒバリさんとも仲良くなれた。

 名残惜しさを感じるには、充分すぎる滞在。ヒバリさんの方もどこか寂しそうに、ボクたちを見送ってくれている。


「プエルタさんの方は、もうしばらくここにいるんだよね?」

「ええ、おふたりについて行きたいのは山々ですが、まだこの土地で調査したいことがいくつかありまして……泉質についてはそれなりに調べられましたが、ほかにも地質や動植物、とくに生息する魔物の調査が終わっていませんからね! なにより、おふたりのらぶらぶハネムーンの邪魔になってはいけません!!」

「らぶっ、げほっ、ごほっ!」


 プエルタさんの不意打ちで、シアが噴き出した。

 そのまま咳き込む彼女の背中を、ボクはゆっくりと撫でて、


「大丈夫、シア?」

「す、すみません、リーナ、けほっ……」

「……私、なにか悪いこと言いましたかね?」

「いや、そうではないが……しいていえばタイミングが悪かったかな……」


 既にヒバリさんにもボクたちの関係は話しているので、ヒバリさんの方はプエルタさんのフォローに回ってくれた。


「まあ、プエルタさんの調査報告については私も助かっているから、もうしばらく居てくれるのは助かるよ。今後の魔物対策や、土地の管理に役立てられるからね」

「お役に立てれば幸いです、やはり有用な研究結果はきちんと共有して、今後に活かしてこそですからね!」


 ボクたちが見つけた迷い人、研究者のプエルタさんはここにいる間、森のあちこちに調査にでかけて、そのたびに泥や草にまみれて帰ってきた。

 罠などもあるのでヒバリさんは彼女に毎日同行していて、その間にすっかり仲良くなったみたいだ。


「ところで、おふたりに特に目的地がないのでしたら、私としてはぜひここから更にずっと東をオススメしますよ。首都を通ってさらに行けば、純エルフが住む大樹海がありますからね」

「……プエルタさん、あそこにも行ったんですか?」


 純エルフ、という言葉を聞いて、シアの表情が少しだけ険しくなる。

 シアの表情の変化に気づかないまま、プエルタさんは首を縦に振って、


「はい、あそこはほとんど未開拓秘境ですから、ぜひ調査をしたくて……とはいえ、住民の純エルフの皆さんの協力を得られなかったので、あまり満足のいく調査はできなかったんですが……はっ、すみません、シアさんはちょっと行きづらいですよね!?」

「……そうですね。私の目では警戒されてしまいますから、そこまではたぶん行かないと思います」

「ううぅ、ほんっとすみません、配慮が欠けていました……紅い目の純エルフが不吉、というのはまったく科学的な根拠の無い話なのですが……」

「純エルフはそういう伝承を重んじる種族ですから。実際私も……不吉かどうかはともかくとして、魔法を使えないという問題は抱えていますし」


 プエルタさんは知らないし、ボクも最近知ったことだけど、東の国の更に先にあるという樹海の中はシアの生まれ故郷だ。

 紅い目の純エルフはそれだけで同族からは迫害の対象だし、ましてそれが自分の故郷ということもあって、シアは足を向けづらいだろう。

 シアは苦笑いに近い顔で、プエルタさんの好意だけを受け取って、


「大樹海には行く予定はありませんが、首都なら行く価値は充分にありますね。二百年くらい行ってないうちにかなり変わっているでしょうが……それならそれで、新鮮な気持ちで楽しめそうです」

「ええと、じゃあ、次は首都のほうを目指すってことだね」

「ええ。途中、町もいくつかあると思うので道中の買い物にも困らないはずです。首都行きなら街道も整備されていますから、安全な道になりますよ」

「うん、分かった。自然の多いところには行ったし、次はひとの多い都会を見に行くのも良いよね」


 観光目的なら、栄えているところに行くのは安定だろう。

 首都ならひともたくさん居るだろうし、見る場所や食べ物もたくさんありそうだ。

 オススメもして貰ったことだし、シアの方も乗り気なら、ボクが断る理由は無い。


「帝様の住む城などは一般開放されている区画もあってなかなか見所があるし、城下街なら美味しいお店も多い。私としても、首都観光はオススメだな」

「ありがと、ヒバリさん。じゃあ、またぜったい会いに来るから!」

「ああ、待っているよ。シア殿も……できれば今度は数年以内に来て頂けると」

「大丈夫、ボクがちゃんと引きずって連れてくるから、任せて」

「あの、リーナ? 私の時間感覚信用されてなさすぎませんか?」

「だって実際、ぜんっぜん信用できないでしょ? 言っとくけど、昨日みたいなノリで数年単位数えるのは純エルフ以外には通じないからね」

「うー……」


 シアは時間記憶が百年単位平気でズレてるし、二十年を五年くらいだと勘違いしたり、三十年も人の世話を焼いたのを大した時間じゃないと考えているのだから、大雑把すぎる。

 彼女のことは大好きだしずっと一緒にいるつもりだけど、その辺りは今後ぜったい信用しないようにしようと思った。


「それじゃ、行こっか、シア。道案内よろしくね?」

「……分かりました。方向感覚については自信がありますから、任せてください。……道はちょっと変わってるかも知れませんが」

「さすがに温泉が森に変わってるレベルの変化はそうそう無いと思うから、信頼してるよ。今回だってアルラウネってイレギュラーがあっただけで、シアのせいじゃないのは本当なんだから」


 別に、温泉街がなかったことを責めているわけじゃない。

 知らない間に起こったことなんだから、シアに責任があることではないのだから。

 ただ、放っておくとボク以外のみんながヨボヨボになったりお墓に入ってから逢いに行きそうだから、今後はボクがそこらへんを気をつけておくというだけの話で。

 ちょっとだけ拗ねた様子のシアの顔を、可愛い、と思いつつ、ボクは彼女と手を繋ぐのだった。



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