「……はえぇ」
気の抜けたような声は、ボク自身のものだった。
タカマガハラの中心、王国で言うところの王都である城下町。
遠くの方に見えている王様の城に、ボクはまず驚いてしまった。
「ここに来るまでにも、王国と東の国で家とか暮らしが全然違うって思ってたけど、城もすっごく形が変わってるね?」
「そうですね……王国の城といえばレンガ造りが多いですが、東の国の城は主に木を素材としていますよ」
「え、木造であんなに大きいの!?」
遠くからでも四階建てとか五階建てくらいはあるのに、ほとんどが木で出来ていると聞いて、ボクはだいぶ衝撃を受けた。
見開いて大きくなった視界の中、シアはゆっくりと頷いて、
「正確にはぜんぶが木というわけではなく、石や土なども使っていますし、屋根は『瓦』という焼き物を並べていますが、大部分が木造です」
「はええ……魔法で保護はしてるっぽいけど、それでも凄いね。ここからでも見えるくらい大きいのにほとんど木でできてるんだ……」
「ヒバリさんいわく、観光客向けに一部は公開されているみたいですから、あとで行ってみましょうか」
「うん、行く! 楽しみだなぁ……あ、その前に町の方も見て回りたいな」
「ええ、そうですね。ここまで立ち寄った町で聞いた限りでは、今代の帝様は商業や観光に熱心で、城下町で大きな市場を開いているらしいですから、そこに行ってみましょうか」
ここに来るまでは道中の町で、いつも通り魔物退治やお手伝いをしながら情報や路銀を集めていた。
当然、首都のことも事前にいろんな人に聞いたので、シア本人の古い記憶に頼らなくても観光プランは組めていた。
方針が決まったので、ボクはシアの手を気軽に握った。
「っ……」
少しだけ驚いた反応があったけど、すぐに彼女も遠慮がちに手を握り返してくれる。
元々人が多いところでは手を繋いで歩いていたけど、今は意味合いが違う。
ボクたちの関係が『恋人』というものになってから、彼女はちょっとしたことで照れるようになった。
その様子が可愛くて、ついついこうして不意打ちに触れあいたくなってしまう。
もちろん純粋に恋人と手を繋ぎたい気持ちや、はぐれないようにって考えもあるのだけど。
「行こっか、シア」
「は、はいっ」
緊張しながらでも、シアはしっかりと手指を絡め返してくれる。
紅くなったシアの顔を可愛いと思いつつも、あまり見ていると恥ずかしがって逃げてしまうので時々横目で確認するだけにして、ボクは市場の方へと足を向けた。
「うわ、ひろっ。王都の市場よりだいぶ大きいね……」
「楽市楽座(らくいちらくざ)、という今のタカマガハラの名物らしいですね。この国は独自の食文化や工芸品が多くて、帝様はそこに観光資源としての価値を見いだしたみたいです」
「うーん、確かに面白い……王国とはぜんぜん違うものがたくさん売られてるね」
見たことのないものが多すぎて、それぞれどう表現すれば良いのかが難しい。
ただ、少なくとも見ているだけで楽しいことは確かだ。シアが隣にいるなら、なおさらに。
「あ、そうだ服とか買おうよ。東の国の服って独特のデザインで凄く可愛いから一着欲しいし、シアにも着て欲しい」
「まあ、構いませんが……実は何着か持っていましたが、魔王討伐の旅に出るときに処分したので今は手元にありませんし」
「え、それも全然知らなかった……あ、あとせっかく魔法で荷物たくさん持てるし、次スタンとラッセルに会うときのためにお土産とかも買いたいね。王様も小物くらいなら受け取ってくれそうだし、見ていっても良い?」
「ええ、勿論です。食べ物の出店も結構あるみたいですから、途中で食べ歩きもしましょうか」
「良いね、シアのご飯も美味しいけど、たまには外食も悪くないよね」
「あと、その……人が多いので、どこかのお店に入るまで手はこのままで……良いですか?」
「……うん、もちろん」
頬を染めつつも、シアは手を繋いだままでいてくれる。
彼女の方も、恥ずかしいだけで嫌では無いのだ。むしろ、こうして積極的にいてくれることもある。
はぐれないように、なにより好きなひとと触れあっていたいという気持ちで手を繋いだまま、ボクたちは市場を見て回る。
真っ先に目に入ったのは服屋さんで、さっそく新しいおしゃれ着を見繕うことにした。
「……自分で提案しておいてアレなんだけど、この国の服ってちょっと着づらいね。この、帯の結びかたなんて、よくわかんないし」
「タカマガハラは作法に厳しい面もありますが、いかにも観光客のリーナなら多少着崩していてもなにも言われませんよ。とはいえ……あんまり肌が見えてもいけませんから、着るときは私がお手伝いしますね」
「ありがと、じゃあこれとこれは買っても良いかな。あと、そこの棚に置いてある変な猫の置物、ぜったいスタンが気に入ると思うんだけど、アレって売り物なのかな?」
「ええと……あれは『招き猫』、という縁起物で商売繁盛のために置くモノなのでこの服屋さんでは売り物ではないと思いますが、売っているお店はあると思いますよ。元の服に着替えてお会計したら、探しにいきましょうか」
「うんっ、分かった。それじゃ、とりあえずいつもの服に戻してくるね!」
「はい、またあとで」
私物としての服を買ったら、次はお土産物屋さんへと足を向けた。
服以上に種類がたくさんあって、それぞれ用途も分からない売り物のことを、ボクはひとつひとつシアに聞いていく。
「シア、これなに?」
「それは提灯ですね。中にロウソクを入れて夜のお散歩の明かりにしたり、店先に吊したりします」
「チョーチンね……これ買っていってラッセルのいる教会の入り口に吊したら、反応が面白そう」
「あんまりおふざけが過ぎると、また聖書チョップからお説教されますよ、リーナ」
「……教会のマークを描けばイケる気がしない? だってあそこ、なんでもそれでお土産物屋に並べてたし」
「……ちょっとそんな気がしてきましたが、ラッセル向けのイタズラはダメですよ。ふつうのお土産としてなら許可します」
「分かってるよ、さすがに冗談だってば。……すみません、コレくださーい。あ、あとそのマネキネコも! 王様へのお土産はなにが良いかなぁ……それとヒストリエとか、学園の先生してくれてる子たちにもなにか買っておきたいかも」
とりとめの無いことをシアと話しながら、市場を回るのはそれだけで楽しい。
この国の言葉を翻訳する魔法は道中できちんと作っておいたので、お店の人との会話もバッチリだ。
衝動的にものを買ってしまっても、魔法で小さくして持ち運べるボクにとっては大きな問題でも無いし、お金だってきちんとある。
難しいことを考えることなく、ボクはシアとめいっぱいに観光と買い物を楽しんだ。