「……というわけで帝様。世界を救った四英雄のうちのお二方、リーナ様とアルカンシア様です……にゃ」
「うむ、コルト。案内をご苦労であった」
うやうやしく、コルトが頭を下げてボクたちを紹介する。
お城の奥まで案内されて、ボクとシアは王様と対面した。
帝様、と呼ばれているこの国の王様は、ボクたちより少し高く作られた床の上で、影だけが見えている。
というのも、薄いカーテンのようなもので仕切られていて、お互いに顔が見えなくなっているのだ。
輪郭や髪型だけがうっすらと確認できる状態で、ボクたちは帝様を話をすることになっていた。
「……ねえシア、あれってなにか意味があるのかな?」
「この国では王様……帝様は神様の子孫と言われているんです。なので、神秘性を保つために顔を見せないようにしているんでしょう。ごく少数にしか顔が分からなければ暗殺などの心配も減りますから、そういう実用性もありますね」
「うむ、さすがは純エルフ。物知りであるな」
薄布の向こう、シルエットと声だけでも王様が笑うのを感じられる。
仰々しい状態だけど、お堅いひとではないような気配がした。
「まあ、このようなものは貴殿らに必要ないと我は思うのだが、古くからの決まり事でな。かつて世界を救った英雄たちに顔を見せない失礼を、どうか許せ」
「あ、うん。ぜんぜん大丈夫、気にしてないから。ただ見たこと無い文化だから、どうしてなのかなって思っただけで」
「リーナ殿は寛大なのだな、感謝しよう。して……」
すぅ、とカーテンの隙間を通すようにして、一冊の本が出てきた。
「……『勇者たちの旅』?」
「うむうむ。こういう書物や、流れてくる伝聞の中ではあるが、貴殿たちの活躍を知って我はすっかり貴殿たちのファンでな……ぜひサインとか欲しいので、こう、ほら、筆も用意するゆえ、な?」
「……サイン貰うの流行ってるの?」
「東の国では有名人のサインを貰うのは結構メジャーな文化であるぞ」
「食事店とか土産物店とか、結構著名人のサインを並べてたりします……にゃ。とはいえ帝様、もうちょっとこう、真面目にお願いします、にゃ」
「むむ、ではコルト、あとで我の代わりにしっかりふたりからサインを貰うように」
どうやら『また』サインを書くことになりそうだった。
影だけ見えている帝様は、ごほん、と咳払いをすることで空気を変えて、
「して、コルトからの通達は既に聞いておる。都を騒がしている賊の退治を、貴殿らが助太刀してくれる……と」
「うん。通りがかりだし、教え子の頼みだから。王様……じゃなくて、帝様が良いなら、手伝うよ」
「おお、有り難いことであるな。とはいえ……実は賊の件以外に頼みたいこともあってな」
「へ……?」
「んん? 学園長たちの手を借りねばならないこと……なにかありましたか、にゃ?」
帝様の言葉は、賊以外にも困り事がある、ということを示していた。
部下であるコルトはぴんと来ていないようで、尻尾をくゆらせながら首を傾げている。
影だけ見えている状態の帝様は、おそらくボクたちに頷いたことが分かるように、どこか大げさなくらいに深く縦に首を動かした。
「うむ。賊は仲間の居場所を聞き出すのに時間がかかりそうゆえ、ぜひ隙間時間にやって欲しいことがあってな」
「魔王討伐のときみたいに急いではいないから、頼み事がいっぱいあってもボクは構わないけど……シアは大丈夫?」
「構いませんよ。リーナの言うとおり急ぎでは無いですし……タカマガハラは王国に物資を支援してくださっていて、それで間接的に私たちが助かったという恩もありますからね、帝様のお願いを断る理由はありません」
「あ、そういえばこの国で採れた素材でラッセルの盾とか作ってたんだっけ」
前に、そんな話をシアがしていた。
東の国は魔王の領地とは離れているけれど、人手や武器で大きく王国を助けてくれたのだとか。
「おお、そんなこともあったな……それは我が個人的にしたかったことゆえ、あまり気にしなくても良いのだが……恩に着てくれるというなら、有り難く頼らせていただきたい」
「はい、帝様。私たちにできることであれば、なんなりと。詳細をお聞かせ願えますか?」
「うむ。ではな……」
コルトも知らないという、帝様の頼み事。
国を治める立場に人物からのお願いなのだから、かなり大事なことなのだろう。
周囲に控えている部下のひとたちも含めて、少しだけ緊張した気配が漂う。
「竜の肉を、食べてみたいのだ」
「……へ?」
「おや、聞こえなかったか? 一度、竜の肉を食べてみたいと思うてな。ほれ、『勇者たちの旅』の中でも、たびたび食べていたと書いてあったであろう?」
「……まあ、確かによく食べてたけど」
竜種族は魔王軍の主戦力であったため、戦う機会が多かった。
場合によっては馬のように鞍をつけられて、オークなどほかの魔物を乗せていることすらあった。
そして資材を現地調達していたボクたちにとっては、出会う機会の多い竜はそれなりの頻度で食べていたものだった。
「うむ。ほかにもこう、いろいろ食べてみたくはあるのだが、やはりここはインパクト重視で竜かな、と。いやぁ、悩んだ悩んだ」
「帝様……仰々しいからなにかと思えば、完全に個人的なお願い事ではないですか……にゃ」
「はっはっは。悪かったな、コルト。お前たちが随分と神妙な顔をしているものだからつい、真面目な雰囲気を出してからかってしまった。許せよ」
どうも帝様はだいぶノリが良いというか、緩い王様のようだ。
コルトが少しだけ半目でカーテンを見るけれど、帝様は特に気にした様子も無く、
「まあ、実は半分くらいは真面目な理由もあってな。……コルト、お前がいない間にあがってきた報告で、王都の近くの火山に竜が住み着いたとあった」
「火山に……ですか、にゃ? こんな時期に?」
王様の言葉を聞いて、コルトが緊張した顔になる。
火山に竜が住むというのはふつうのことなので、事情を詳しく知らないボクはよく分からずに首を傾げてしまった。
ボクが見るからによく分かっていない顔をしていたからだろう。帝様は布の向こうで、深く頷いた。
「では、客人にも分かるように説明しようか。我が国……タカマガハラは火山が多く、その土地を好む魔物も多いのだが、王城であるこの近くの火山では硫黄や鉱物の採掘をしておってな」
「……魔物が火山にいるのはふつうだけど、あんまりたくさん出たり強い魔物がいると採掘するのに危なくなるってこと?」
「うむ、それゆえ住み着いた竜を討伐してもらい……ついでに我はぜひ、その肉を食べてみたいということだな」
「なるほど……」
ようやく、相手の事情が飲み込めた。
王都の近くにある火山は、放置されているわけではなく、東の国の資源を掘るために管理されている土地らしい。
つまり帝様の頼み事は私情もあるけれど、きちんと王様らしい理由も大いにあるということだ。
元から内容にかかわらず引き受けるつもりだったし、それが多くのひとにとって役立つことなら断る理由は無い。
「それに、竜の爪やキバ、鱗は素材として充分価値があるが……肉についてはこの国ではあまり食べる文化は無い。この機会に食べてみて、美味ければ今後討伐する旨味も増えよう」
「……王様、美味しかったら名物のひとつに加えようとか考えていませんか、にゃ?」
「心配するな、ばっちり考えている。串焼きとかで屋台に並べたら、観光客がめちゃくちゃ喜びそうであろう?」
顔が見えない状態でも、相手があきらかに楽しげに笑ったことが分かる。
ノリは軽いけど王様らしく、いろいろと先々まで考えているらしい。
「……シア、良いかな?」
「もちろんです。元々、依頼を受ける気ではいましたし……魔物狩りなら、専門ですから」
「うむ、受けてくれるか。感謝するぞ、ふたりとも」
「しかし……火山に巣を構えたということは、いわゆる火炎竜とかレッドドラゴンとか呼ばれる種類ですね。この時期に火炎竜が土地を渡ってくることはあまりないのですが……」
「アルカンシア殿の言うとおりだ。竜が生まれた土地を離れて巣を作る行為は『渡り』と呼ばれるが、これを行う季節はある程度決まっている。当然その時期は我らも警戒をして、追い返すための備えくらいはしているのだが……今回は時季はずれでな」
「それで、充分な対策が取れていなくて竜の営巣を許したということですね……」
ボクは竜の生態までは詳しくないけど、シアの話を聞く限り珍しいケースらしい。
とはいえ、相手は魔王によって品種改良や魔法の強化をされていない野生の竜。
スタンとラッセルがいなくても、ボクとシアのふたりだけで充分に討伐できるだろう。
やることはいつも通りなので、特に深く考えず、ボクは見慣れないお城の装飾を眺めてリラックスすることにした。
帝様と謁見ができるこの場所は当然、一般公開されていない場所なので、せっかくだからよく見ておこう。