「……進路相談?」
「にゃ、にゃぁ……はい……」
自信無さそうに、蒼い色の毛並みをした獣人の子が頷く。
卒業を控え、数年分の使い込みを感じさせる制服に身を包んだ彼女は、魔法学園の生徒だった。
「コルトは真面目で優秀だから、王城の魔法騎士団とかどうかな? まだ出来てそんなに年数は経ってないけどほとんどが学園の卒業生だから、知ってる先輩もいて過ごしやすいと思うよ。なんなら学園長(ボク)の推薦もつけるし」
「あ、う……そ、それも考えたんですけど……」
「……いまいちピンとこない?」
「……はい」
うなだれたように、けれどはっきりと肯定の言葉が返ってくる。
……真面目な子だなぁ。
怒られるの怖がっているようなコルトの猫目を見て、改めて彼女の真面目さを感じる。
そして同時に、不安に思い悩んで、それを隠さず教えてくれたことに教える側として嬉しさも覚えた。
「はぁ……シアもこれくらい素直だったら……」
「……アルカンシア様も、心配性なんですか……にゃ?」
「うん、すっごい心配性。そのくせ、あんまり言ってくれなくてさ……コルトは偉いね、ちゃんと困ってること言えて」
「にゃ、にゃぁ……」
背伸びして頭を撫でてあげると、コルトの喉奥が鳴った。
我ながら、生徒たちに懐かれている自覚はある。こうして進路相談をされることも、初めてじゃない。
もちろん、慣れているといっても、その子によって悩んでいることや状況は違う。
これまでの彼女の成績や学校での振る舞いを思い出しながら、彼女に渡すための言葉を考えなくてはいけない。
どう切り出すべきかと思っていると、コルトの方から言葉が来た。
「学園長は優秀って言ってくれましたけど……主席、というわけじゃないですし……騎士としてひとを守るのも、できる自信とか、ぜんぜん無くて……せっかく学園の先生方に何年もかけて魔法を上手に使う方法を教えて貰ったのに……うまく、いく自信が……ちっともないんです……にゃ……」
「ん……そっか」
「それに、私は……学園長みたいに、なんでも魔法を使えるような、すごいひとではないので……」
「確かにコルト、氷魔法以外は苦手だもんね」
「はい……私はこれしか、できません……にゃ」
不安げな言葉は、経験の不足から来るものだ。
彼女はまだ若くて、学園の外のことを多くは知らない。
元々は真面目で引っ込み思案なこともあって、これから先になにがあるか分からないという不明瞭さが怖いのもあるのだろう。
優秀だけど、踏み出すのは苦手な子、というのがボクから見たコルトという生徒で、それはきっと間違いではない。
「んー……コルト、ちょっと演習場いこっか」
「え、演習場ですか、にゃ?」
「うん、もう放課後で誰も残ってないだろうから……みんなに内緒で、ちょっとだけ凄いの、見せてあげる」
彼女の手を引いて、コルトを演習場まで連れて行く。
演習場は実践で魔法を教えたり、模擬戦をするときに使うためのスペース。
周囲に被害が出ないように結界を張る機能もあるので、ある程度自由に魔法を使える場所だ。
放課後でひとの気配がない静かな空間で、ボクは彼女と手を繋いだままで、
「それじゃあ……ちょっとだけ本気で魔法を使うね、コルト」
「にゃ、えっ、は、はいっ……」
ボクの意図を分かっていないコルトは、それでもこちらの言葉に頷いた。
分からなくても、学園長のやることに間違いはきっと無いのだという、信頼を感じる。
その信頼に応えるために、ボクは言葉通りに少しだけ本気を出した。
「……ほいっ!」
手を繋いでいる彼女に分かるように魔力をくみ上げ、魔法を発動する。
杖は持っていないけれど、別になくても問題はない。
魔法使いにとって杖はあくまで補助的な道具で、なくたって魔法を使うことはできるのだ。あった方が楽、というだけで。
「……こんなもんかな」
冷えた空気の中、吐息は白かった。
といっても、夜になって冷えたわけじゃない。
ボクが使った魔法の影響で、周囲が完全に凍ってしまったのだ。
もちろんきちんと理由はあるし、手加減もしている。魔法が外に影響を起こさないように結界も作ってあるので、演習場の外には氷どころか冷気すら漏れていないだろう。
「すごいです……にゃ……わ、私より、ずっと……」
「うん、そりゃボクは学園長だからね。コルトが得意な魔法を、コルトよりずっと強力に使えるよ」
生まれたときから、自分の身体が不自由になるほどの強力な魔力を持ってボクは生まれた。
死なないためにその魔力を制御できるようになった結果、ボクの身体の時間は止まり、百年以上の時間を生きてきた。
そんな規格外の存在であるボクは、当然コルトの得意な魔法を彼女以上の威力で使うことができる。単純な魔力量も魔法を扱う上手さも、彼女よりずっと上だからだ。
「コルトの言うように、ボクはいろんな魔法が使える。たぶん、ボクより魔法が得意なひとはほとんどいないと思うよ。学園長っていう今の仕事以外でも、きっと生きることには困らない」
「はい……にゃ」
「でも、だからってなんでも出来るわけじゃないよ。出来ないことだってあるし、失敗もするし……なんかこう、不安になることもある」
「学園長でも……ですか、にゃ?」
「うん、たくさんあるよ。それこそ時間を止めたり、争いをこの世から無くすとかできないし。もっと生徒たちに上手く教えられる言い方はなかったかなってあとでひとり反省会とか全然するし、失敗したなぁって思うこともあるし……踏み出したいのに、怖くてできないこともある。もう十年以上会ってない好きなひとに会いに行くとか、ね」
「…………」
「あとは……今も、話ながら結構悩んでるよ。コルトにちゃんと、ボクが言いたいことが伝わって……それがコルトのためになるのかどうか、分かんないからね」
不安にさせるかもしれないと思いつつも、ボクは彼女に正直に気持ちを口にした。
コルトは真面目で、だからこそ保証の無い『大丈夫』なんて言葉は重荷になると思ったからだ。
彼女の正直さに、ボクも正直さで応えよう。それが正解なのかどうかは、分からないけれど。
「だから、少なくともコルトが感じてるそれは、みんな結構感じることだと思う。自分だけ弱っちい……みたいなことは、思わなくても良いよ」
「にゃ……ありがとう、ございます……」
「もちろん、自分だけがそうじゃないって知ったからって、すぐに不安が消えるわけじゃ無いけどね。……なにもしたいことが思いつかないなら、探しに行くのも良いんじゃないかな」
「探しに、ですか……にゃ?」
「うん、探しに。別に卒業してすぐ就職しないといけない、なんて法律はないんだし」
「で、でもそれは……良いのです、か、にゃ……?」
「大丈夫だよ。だってほら、百年以上お尋ね者で定職に就いてなかった魔女が、いつの間にか英雄になって魔法学園とか建ててることもあるくらいだし」
「そ、それはだいぶ特殊な事案です、にゃ」
「あはは、うん、自分でもそう思う」
ツッコミ役になることで、ちょっとだけ元気が出たようだ。
先ほどより少しだけ、猫目から不安がなくなったコルトに、ボクは微笑みかけた。
「人生を賭ける目標とか、一生涯やりたい仕事なんて、すぐ見つかる方が珍しいよ。今、ぴんとこないなら……ぴんと来るものを探しに行けば良い。学園の外は凄く広いから、いろんなものを見てくれば良いよ」
「……にゃ」
「あとは……困ったらいつでも帰ってきて、ボクに相談してくれていいから。こう見えて王国では権力あるから、カワイイ教え子のためならいくらでも職権乱用するからね!」
「あはっ……ありがとうございます……にゃ」
やっと、ちょっとだけ笑ってくれた。
彼女が持っている不安という気持ちは、最後は自分でぬぐわなくてはいけないものだ。
それでもほんの少しだけ、気持ちを軽くする手助けくらいはできただろう。
少しだけ力の抜けた彼女の手指を握って、ボクはカワイイ生徒を安心させるために笑顔を見せるのだった。