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☆すごい体温上がってる

「ん、んんっ……ふはぁ」

「おはようございます、リーナ」

「んあ、シア……おはよー……」


 昔の夢から目覚めると、シアがボクの顔を覗き込んでいた。

 自分が寝転がっていたマットの下、硬い木の床が揺れているのを感じながら、ボクはむっくりと起き上がる。

 目覚めてすぐ恋人の顔を見られたというささやかな幸せを噛みしめつつ、ボクはあくびをこぼして、


「んん……そうだ、帝様のお願いのために馬車で火山に向かってるんだったね」

「ええ、首都から一番近い火山らしいですが……それでも歩きではそれなりの距離ということで、帝様が移動手段として馬車を提供してくれました」


 まだ眠気の抜けていない頭で状況を思い出しながら、ボクは軽く伸びをする。

 馬車はまだ移動しているようなので、目的地まではもう少しかかるのだろう。

 貴族が使うような豪華な屋根付き馬車ではないけれど、これはこれで風や太陽が直接感じられて気分がいい。

 壁がないからなにかあれば御者をしているコルトともすぐに話せるし、悪くないと思う。


「馬車に乗るって楽だねぇ、寝てる間にある程度進んでくれるし」

「そうですね……馬の管理がいりますし、整備されていない道は進めませんが、徒歩よりは早いですしね。荷物もたくさん載りますし」

「まあボクたちの場合、荷物はボクの魔法で問題ないし、馬車移動だとシアが運転しないといけないから、これからも徒歩の旅で良いけど。……シアと手を繋いで歩くの、すっごく好きだし」

「っ……あ、朝からそういうこと言わなくていいです」

「昼とか夜なら良いの?」

「そういうわけじゃっ……い、今はコルトさんもいますから、あんまりその、す、すきすきって、言わないでください……うれしくて、変な顔になってしまいますから……」


 火山への案内をコルトが担当してくれているので、一時的にふたり旅では無くなっている。

 彼女が振り向かなければ荷台にいるボクたちのことは見えないだろうし、話も聞こえないだろうけど、シアはどうしても気になるみたいだ。


「…………」

「……な、なんですか、リーナ」

「いや、シアが可愛くてつい意地悪したくなってて、どうしようか迷ってる」

「しなくていいし、そういうの本人に言うことじゃないでしょう、もおっ……」


 顔を真っ赤にして、それでもコルトに聞こえないように配慮した小さな声で、シアがこちらに抗議してくる。

 控えめに言ってボクの恋人が可愛すぎるんだけど、どうしよう。

 お互いに気持ちを通じ合わせてからもう十日以上にもなるのに、好きって気持ちが落ち着くどころか増すばかりだ。

 二十年以上も我慢していたということもあって、一度蓋をしなくてよくなった感情はなかなか落ち着かない。

 耳まで真っ赤にしているシアに、ボクは手を伸ばした。耳が長いから、髪の毛の隙間から見える赤さがよく目立つ。


「ぴゃっ」


 面白い声をあげて、シアが身体を強ばらせた。

 恥ずかしがってはいるけれど逃げてはいかないので、遠慮無く頬に触れた。


「……うわ、すごい体温あがってる」

「当たり前じゃ無いですか、もぉぉ……朝から恥ずかしい……」

「えへへ」


 ちょっとしたことで、シアがうろたえてくれるのがたまらなく嬉しい。

 困らせたいわけではなくて、彼女がボクを意識してくれることが凄く嬉しいのだ。

 触れるものを頬から手指に返ると、シアは頬を真っ赤にしたけどきちんと握り返してくれる。

 拒否されなかったので、ボクは遠慮無く彼女の隣に座って身を寄せた。


「あ、あのっ、リーナ……」

「良いでしょ、これくらい。手を握って、引っ付いてるだけ。そもそも、コルトにはボクの気持ちは元からバレてるんだし、いっしょにいる時点で察されてると思うから、恥ずかしがる必要ないもん」

「バレてたのはリーナが私のことばっかり生徒さんたちに話すからっ……」

「まあ、それは大いに反省してるというか、完全に無意識で垂れ流してたボクの好きなひとトークを聞き流してくれてた教え子たちに感謝というか……結果的に説明の必要がなくなったからヨシというか」


 相手がその場におらず、しかも付き合ってないうちから惚気全開で他人に話していたと考えるとだいぶお花畑な感じだけど、最終的にはきちんと恋人に落ち着いた。

 なにより、お互いに時間はたくさんあって焦る必要はないけれど、我慢したいとも思わない。


「うぅ……私は、恥ずかしいです……」

「ええと……離れた方が良い?」


 とはいえ、独りよがりなのはよくない、というのも分かっている。

 シアが本当に嫌がっているのなら、ボクだって分別は持つつもりだ。

 あとで反動が来る気はしているけど、他人と居る間くらい我慢しろといわれれば、うん、ちょっとすごく頑張って我慢する。たぶん、きっと、おそらく。


「そ、れは……私だって、別にリーナと離れたいわけじゃ……」


 まるでボクが意地悪をいったみたいに、シアは顔を赤くして目をそらした。

 きゅ、と手指の力が強くなって、離れがたい気持ちが伝わってくる。


「でも、人前は……やっぱり恥ずかしい、です……」


 馬車を操っているコルトの背中に視線を向けて、シアはそう口にする。

 それでいて、彼女は手を離したり距離を取ったりはしない。

 ボクへの好意と羞恥心の間で揺れる瞳が、たまらなく愛おしく感じる。

 こういう表情を引き出せるのがボクだけだと思うと、それだけで心臓が痛いくらいに脈打ってしまう。


「……はぁ」

「な、なんですか、溜め息ついて……私だって、その、めちゃくちゃだってわかってますよ。でも、恥ずかしいのも好きなのもほんとで……ちょっとその、まだぐちゃぐちゃなんです」

「いや、呆れたわけじゃなくてさ。……やっぱりシアって、すっごく可愛いなって思って」

「っ、だから、そういうこと言うの、だめですっ……」

「ふふ、はいはい。それじゃあ……ん、しょっと」

「ひゃっ、ちょっとリーナ……」


 頭を彼女の身体に寄せると、シアの身体が大げさに跳ねた。

 構わずに体重を預けて、ボクは目を閉じる。彼女の、落ち着く匂いがする。


「ボクが眠くて、シアに肩借りてるだけ。コルトが見たら、そういえば良いでしょ」

「あ……うぅ……それは、いいんでしょうか……?」

「実際、馬車に乗ってるだけだから二度寝したいくらいヒマなのは本当だし。引っ付いてるくらい、仲良しならそんなにおかしなことじゃないでしょ」


 ほとんど口から適当を言ってるようなものだけど、言い訳としては充分だろう。

 まぶたの裏の暗さとシアの香りに集中していると、頭を撫でられる感覚がした。

 それも充分恋人っぽい仕草じゃないかなとは思ったけれど、野暮なことを言うとまたシアが恥ずかしがってしまう。そうなったら、この心地よさもお預けだ。

 恋人の指に優しく触れらながら、ボクは改めて彼女の存在を感じることに集中する。

 そうしていつの間にか、本当に二度目の眠りに落ちていくのだった。


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