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☆仙火人掌

「結構奥まで来たけど、まだ竜は見えないね」

「こういう場所だと森ほどではないですが影が多くて、私も遠くから見つけるのは難しいですからね……ふいに出会っても慌てないように、気は緩めないようにしましょう」


 周囲を確認しつつ、シアがそう口にする。

 鉱石を採掘するという作業のために、それなりに道を整えてくれているけれど、それでも山の中は死角が多い。

 ボクの魔力探知もそれほど範囲が広いわけではなく、竜が魔力を使わない限りはひっかからないので、彼女が言うように突然目の前に竜が出てくる可能性は充分にあった。


「私も、索敵に関しては少しくらいならお役に立てますので、鼻と耳を光らせておきます……にゃ」

「獣人は嗅覚や聴覚が鋭いですからね、頼りになります」


 コルトが尻尾を揺らしながら、鼻をひくつかせた。

 周囲に気を配りながらゆっくりと、ボクたちは火山を進んでいく。

 魔法で温度を下げていても、山を登るのは結構体力を消費する。


「魔法使ってるから暑くはないけど、山登りってやっぱり大変だね……」

「鉱山として整備はされていますが、街道ほどではないですし、道がそもそも平坦ではないですからね。疲れたら遠慮無く言ってくださいね、リーナ」

「ん、ありがと。休みたかったら早めに言うね」


 こちらに気を遣ってくれているシアに、ボクは笑顔で返す。

 無理して動いて、竜と戦うときにへばっていたら大変だ。

 恋人になったことで遠慮せずになんでも話すと約束もしているので、無理そうだと思ったらきちんと言おうと思った。


「いざというときは、私が学園長をおんぶします……にゃ」

「生徒におんぶされるのはちょっと恥ずかしいから、なおのこと疲れたらちゃんと言うよ」

「ふふ。リーナは生徒さんに愛されていますね……っと」

「どうしたの、シア?」

「……少し、休憩にしましょうか」

「へ、まだボクは大丈夫だけど……」


 急な提案に、少しだけ驚いてしまう。

 確かに山登りがきついと感じてはいるけれど、まだ余裕があるからだ。

 ボクの言葉に、シアはゆるく首を振って、


「ええ、リーナがまだ余裕があるのは分かっていますが、良いものを見つけたので……ほら、あれです」

「あれ……?」


 シアが指さした先、火山には珍しい色があった。

 山肌の灰色や銀、固まった溶岩の黒とも違う、緑の色。

 それなりの距離だけど、それでもぱっと見て分かるほど目立っていた。


「……サボテン?」

「ええ、サボテンです」

「……なんで火山にサボテンが生えてるの? 砂漠とかならわかるけど……」

「そうですね、ふつうのサボテンは火山には生えませんが……実はこれも立派な魔物ですよ」

「にゃ……あれはこの国ではセンカジンショウ、と呼ばれているものです、にゃ」

「せんかじんしょう?」

「仙火人掌(せんかじんしょう)……仙人が修行のために自らの手を火山へと投げ入れ、そこから生まれたとされている植物ですね。あ、仙人っていうのは簡単にいうと『修行をしてとってもすごくなったひと』って意味ですよ」

「とってもすごくなるのに、自分の手を火山に捨てる必要があるの……?」

「まあ、あくまで逸話ですから……昔の人がそう思ったくらい、火に強い植物ってコトです」

「へー……」


 ボクの疑問に、シアは細かくわかりやすい説明を入れてくれる。

 そうして話をしながら、彼女はセンカジンショウという名前らしいサボテンへとゆっくりと近づいていく。

 当然ボクたちも、シアについていくことになった。


「わ、結構おおきいね」


 近づいてみると、かなり太くて大きい。

 ボクよりも背丈が高くて、近づくと見上げるような格好になった。

 枝分かれしたサボテンの身は存在感があり、余計に火山という土地にあることが場違いに感じられてしまう。


「アルラウネやマンドラゴラもそうですが……動物だけでなく、植物にも魔物は存在します。人間をはじめとした『ひと』以外で、自分たちが生きるために『魔』法という能力が使える動植『物』のことを『魔物』と呼びますからね」

「……じゃあ、そのサボテンも魔法が使えるってコト?」

「はい、その通りです。具体的にはこの魔物は……空気中の少ない水分を吸収し、それを魔法で増やしてため込むことができます。あとは名前の由来の通り、もの凄く火や熱に強いのも魔法による保護です。それによって、過酷な火山環境でも生きられるわけですね」

「へえ……マンドラゴラとかアルラウネが使うような、危ない魔法じゃないんだね」

「そうですね、あの二種類と違って危なかったり、勝手に動くようなこともありませんから、魔物としてはかなり危険度は低く……扱いはほとんどふつうの植物と変わりませんよ。トゲはありますから、素手で触るのは危ないですけどね」


 こうして近づいても攻撃される心配はない、ということだろう。

 物珍しいけど、危険のない存在だということは分かった。


「……でも、それと休憩がどう関係あるの?」

「さっきも言ったように、この魔物は水をため込みますし、サボテンの仲間です。つまり……美味しく水分が採れます」

「つまり……お昼休憩ですか……にゃ?」

「はい。今日はまだご飯を食べていませんし、竜と戦う前に、栄養補給していきましょう」


 言われてみれば、火山につく前からなにも食べていなかった。

 意識した瞬間に、ボクのお腹がちいさく音を立てる。

 シアがボクの方を見て、くすっと笑う。


「ちょうどいい提案だったみたいですね」

「あはは……ごめん、そういえばご飯食べてなかったなって思って」

「そういうことなら……お手伝いします、にゃ」


 コルトがそう言って、一歩前に出る。

 彼女は深く腰を落として、鞘に入った武器へと手を添えた。

 すぅ、と猫目が細くなり、彼女が一気に集中に入ったことが分かる。


「センカジンショウは、かなり硬いことで有名ですが……私の刀なら、充分すぱっといけます、にゃ」

「あ、コルトさん。根元から切らなくていいですよ。三人分のご飯なら葉っぱ一枚あればいいですから」

「承知しました……にゃっ!!」


 シアの言葉に頷いて、コルトは武器を抜いた。

 しゃん、という滑らかで鋭い音がして、薄い刃が閃く。

 音を置き去りにするような早さで振るわれた斬撃は、シアの注文通りに葉っぱを一枚だけ切り落とした。


「……これで良いですか、にゃ?」

「充分です、ありがとうございます、コルトさん」

「いえいえ、道案内以外でもできればお役に立ちたいと思っていたので……出番があって良かったです、にゃ」

「それでは料理は私に任せて、コルトさんは休んでいてください。リーナはいつも通り、お手伝いをお願いします。……あ、拾うのは私がやります、トゲが危ないですから」

「うん、分かった。じゃ、ちょっと待っててね、コルト」

「にゃ……分かりました、お願いします、にゃ。それでは私は、一応周囲の警戒をしておきます……にゃ」


 武器を鞘へと収めて、コルトが頷く。

 こうして、ボクはシアとお昼ご飯の準備をすることにしたのだった。

 落ちた葉っぱを拾うシアに、ボクは声をかける。


「……ところで、これってどうやって食べるの?」

「基本はふつうのサボテンと同じですよ、魔法が使える以外の違いはそれほどありませんからね。……しいていえば、火山地帯に生息しているということもあって、皮がかなり固いので分厚く剥くくらいでしょうか」

「ふつうのサボテンをそもそも食べたことがないんだけど……詳しいってことはやっぱり、シアは食べたことあるんだよね?」

「ええ、ずっと昔は砂漠地帯を旅していたこともありますから、それなりに食べていましたよ。あと、砂漠以外にも土地によっては山とかでも生えていますから」


 千年くらい世界中を旅していたこともあって、シアは本当にいろんなことに詳しい。

 あくまでボクは手伝いなので、いつも通り調理の内容はぜんぶシアに任せることにした。


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