「では、センカジンショウの下処理……の前に、ご飯を炊きたいので、道具やお米を準備して貰って良いですか?
「うん、わかった。それじゃ、お米と、あと必要なのは焚き火セットとお鍋……ボウルかな?」
「サボテンの調理にまな板を使うので、そちらもお願いします」
「はぁい、ほいほいっ」
魔法で小さくしておいた荷物を戻して、シアの料理に必要なものを準備する。
火山なので周りに木々がなく薪(たきぎ)は拾えないけれど、それもこういうときのために前に多めに拾ってもっていた分で充分だろう。
「……学園長、今の魔法はなんですか、にゃ?」
「え、ああ、物体縮小魔法……って、一応ボクは呼んでるけど。ものを小さくして運びやすくする魔法だよ。あと、重さもちゃんと軽くなるよ」
「そんな魔法あるんですか、にゃ……?」
「うん、ボクが作ったからね。ただ……魔力の消費を考えると、今はボク以外に使うのは難しいと思うけど」
「それは、そうでしょうね……今の、どう考えてもむちゃくちゃな効果で、誰にでも使えたらとんでもないことになってしまいます、にゃ」
もしもこの魔法がもっと簡単に使えるようになったら、いろんなところで便利に使えるだろう。
でも今のところ、この魔法はかなり複雑で難しい。物体を壊さず、機能も損なわずに小さくしたり戻したりするのは、この世界の物理法則から相当外れた行為だからだ。
「……相変わらず、学園長はすごいひとです、にゃ」
「ふふ、ありがと。一応学園には理論のメモだけ置いてきたから、そのうち誰かがもっと上手に仕上げてくれるかもだよ。……悪用もできる魔法だから、対策も含めてメモ置いてきたけど」
魔法はすごく便利だけど、使い手次第では悪いことにも使えてしまう。
単純に火をつける魔法でさえ、暖炉につければ誰かをあたためてくれるけれど、他人に使えば命を奪ってしまうのだ。
この魔法だって、たとえば見えないくらい小さくして違法なものを国や町に持ち込むなんてことに使われたら大変なことになる。
だから魔法学園では、そういう気構えの授業を一番大事にするようにしていた。魔法という才能を使って、誰かをむやみに傷つけるような人が世に出てしまわないように。
そしてコルトを含めた多くの生徒が、ボクが願ったとおりに良い子に育ってくれた。
「さて、と……お米洗うんだよね、シア。お水も用意しておくよ」
「ありがとうございます。では先に、ご飯から準備していきますね」
言いながら、シアはボクが魔法で用意したお水の入ったボウルを受け取った。
しゃかしゃかと小気味の良い音を立てて手際よくお米を洗うシアの姿を眺めつつ、ボクは口を開く。
「東の国って、お米がおいしいよね」
「にゃ、わかります。私もはじめてこっちのお米を食べたときは、すごく驚きました……にゃ。しっとりとして甘くって、どんなお料理とも合います、にゃ」
「そうですね、タカマガハラ産のお米はそれ単体でもの凄く美味しいです。私も久しぶりにこちらに来たので、ついついお米を多めに買い込んでしまいましたが……リーナも気に入ってくれたので、また買い足さないといけないくらいですね」
ボクが住んでいた国にもお米はあるけれど、この国のお米はぜんぜん味が違う。
王国の方で買えるお米は細長くて、炊いたものはぱらぱらしている。あっさりとしてて、食べやすい味だ。
それと比べると、タカマガハラのお米は粘り気があって、甘い。おかずなしで食べてもすごく美味しいし、味が濃い感じがする。
どちらも違った良さがあるけれど、こっちのお米もとっても美味しいと思う。
話しているうちにシアはお米を洗い終わり、真っ白い粒たちをお鍋へと移した。
「リーナ、この辺りまでお水を。本当はしばらく置いてお水を吸わせるのですが、今回はすぐに炊いてしまいます」
「ん、わかった。ほいっと……これでいい?」
「ありがとうございます。それではお米が炊けるまで、少しの待ち時間ですね」
既に用意してある焚き火に、お鍋を吊して、シアは火加減を見る。
「湧くまでは中火、湧いて少ししたら弱火にして少し待ち……そのあとは火から下ろして蒸らします。ぜんぶで二十分ちょっとくらいあればできますよ。良い吊るし台を買ってますから、火の調整も楽ですしね」
「じゃあ、その間にサボテンの方を料理するんだね」
「はい。とりあえず……トゲ抜きからですね」
シアの手際は良くて、言っている間にサボテンの葉っぱを手に取っている。
葉っぱにびっしりと生えているトゲを、シアはいつも持ち歩いてる道具袋の中からピンセットを取り出して丁寧に抜きはじめた。
「いきなり皮を剥いても良いんですが……うっかり刺さると痛いですからね、毒はありませんが」
「まあ、これだけ太くて鋭かったら痛いよね……」
「その場から動けない植物が身を守るための手段としては、かなり分かりやすくて強力ですね。まあ、このトゲをものともせずにバリバリと食べてしまう生き物もいますが……私たちはそこまで豪快にはなれませんから、丁寧に取ります」
シアは時々、お米を炊いているお鍋の様子を見ながら、センカジンショウのトゲを綺麗に抜いていった。
そこから彼女は皮を剥くためにピンセットを包丁へと持ち替えて、
「さっき言ったようにかなり皮は固いですし、クセもあるので厚く剥きます。それでもこの大きさですから、三人分は充分にありますよ」
「はえー……うわ、なんかネバネバしてない!?」
「そうですね、この粘りがあるのでトゲを取らずに皮を剥こうとすると、つるっと滑って手に刺さることが結構あるんですよね」
「なるほど……コレ、ほんとに食べられるの?」
「食べられますよ。まあちょっとねばっとしていますから、苦手なひともいますが……リーナが食べやすいように、工夫はします」
手をねとねとにしながら、シアは丁寧に包丁を動かす。
側で見ていると今にも手を滑らせてしまいそうに思うくらい、サボテンは粘液を出しているけれど、シアは人参の皮でも剥くように気軽に刃を扱っていた。
「はい、剥けました。すみませんリーナ、一度手を洗いたいのですが、構いませんか?」
「うん、もちろん。ほい、お水だよ」
「ありがとうございます。お米は……良い感じですね。それではあとはこのサボテンを、まな板の上で細かくなるまでしっかりと刻んでいきます」
小気味の良い音を立ててシアがサボテンを細かく刻んでいく。
かなり細かく、破片と言ってもいいくらいに小さくなるまでシアはサボテンに何度も包丁を入れていった。
粘りがあるために切り刻まれてもサボテンはそれほどばらばらにはならず、ある程度ひとかたまりの状態だった。
「……これくらいですね。あとは味付けをしたら、それで完成です。調味料箱をお願いします、リーナ」
「あ、うん。はいどうぞ」
調味料はまとめて、ひとつの箱に入れて縮小している。
それを取り出して元の大きさに戻して置くと、シアは箱の中から必要なものを取り出しはじめる。
「味付けが終わればもう盛り付けるだけですから、座っていていいですよ」
「うん、じゃあコルトといっしょに待ってるね」
シアの言葉に素直に頷いて、ボクは適当な大きさの岩に腰掛けた。
火山なので周りには岩や石が多くて、座る場所には困らない。
コルトと並んで少し待っていると、シアがご飯を用意してくれた。
「それでは、炊きたてご飯と、センカジンショウのお醤油和えです」
「おぉ……なんだろう、こうしてみるとふつうの和え物に見えるね」
「何度かここには来ていますが、これを食べるのははじめてです……にゃ」
細かく刻んでしまっているので、サボテンって知らなければふつうの野菜の和え物のような見た目だ。
ボクだけでなく、シアも目を丸くして料理を見ている。
「お醤油は……前にシアが買ってたタカマガハラの調味料だよね。あと、この茶色いのは?」
「それは薄くおろしたカツオ節ですね。長い時間をかけていろんな調理をほどこして、お魚の水分を抜いたもので……旨味がすごく詰まっています。和え物をあったかいご飯にかけて、よく混ぜてから食べみてください」
「うん、分かった。いただきまーす」
匙も渡されたので、まだ湯気を立てているご飯に和え物を乗せて、混ぜる。
スプーンごしでも粘りが分かるくらいにねっとりした感触のあるサボテンだけど、ちゃんと美味しいのだろうか。
やや不安はあるけれど、シアの料理の腕を疑っているわけではないので、怖がらずに一口食べてみた。
「むぐ……うわ、美味しい!?」
シアが料理したのだからまずいわけがない。
そう思ってはいたけれど、予想以上に美味しくてびっくりしてしまう。
コルトの方もボクの隣で、猫のひげをぴくぴくさせながら驚いた顔をして、
「こ、これは……思った以上に複雑なうまみです、にゃ。もっとこう、クセがある感じかと……」
「センカジンショウ自体はすこし酸味が強くて青臭さもありますが……一番臭いと硬さのある皮を厚剥きにして、中身をよく包丁で叩いたあと、かつお節の香りと旨味、あとお醤油の深みのある塩気でさっぱりと味付けしてみました」
「これねばねばしてるけど、なんか凄く食べやすいね……もぐっ……」
「味付けを分かりやすくしたので、粘りが良い方向に働いていますね。塩気と旨味のついた粘りがご飯を包んで、噛むとお米の甘みを感じられるので、するすると食べられると思います」
ねばっとしているけど、ぜんぜんしつこい感じはしない。
むしろ美味しい粘りがご飯に絡んでいて、軽く混ぜたことで炊きたてのご飯の温度が下がっているのもあって、食べやすい。
シアが言ったように、サボテンの粘り気はお米を包んいるだけでお米自体は潰れていないからべちゃっとした感じはなく、口の中でそれぞれの美味しさをくっきりと感じられる。
見た目は粘りのせいで重そうにも見えたのに、実際に食べてみると気がつくともう一口といってしまうような味だ。
「あとは、お茶です。これは緑茶を水出しして、リーナの魔法で作った氷といっしょに水筒に入れておいたものですから、よく冷えてて美味しいですよ」
「ごく、んっ……美味しいです。ここが火山だってことを忘れてしまいそうなくらい、涼やかでさっぱりしたご飯です、にゃ」
「量は少なめですが、戦闘前ですからね。するっと食べられて、元気が出るものが良いかなと。……あ、お茶を直接ご飯にかけてももう少しさっぱりして、美味しいと思いますよ」
「……学園長、いつもこんなに美味しいご飯を食べてるんですか、にゃ?」
「えっへっへ。羨ましいでしょ」
「正直、とても……いえ、お城で出されるご飯も美味しいのですが……これは竜の調理も、楽しみになってきました……にゃ」
楽しいご飯の時間はさっぱりと過ぎて。
後片付けをしたボクらは、また火山の奥へと向けて進み始めるのだった。