目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

☆ぜんぜん考えつかないんだけど

 馬車が揺れ、私たちをタカマガハラの首都へと運んでいく。

 帰りは行きと違い、竜の肉という大きな荷物があったけれど、リーナが魔法で保存してくれているので臭いなどは気にならなかった。

 馬のひづめと、車輪の音が鳴るのを聞きながら、私は物思いにふけっていた。


「……ねえ、シア」

「ええ、リーナが言いたいことは分かっていますよ」


 私に気を遣って、リーナはここまでなにも言わなかった。

 コルトさんの方も、あえて私に聞いてこなかった。

 ふたりとも、私が『なにか』を見たことには、気がついているのだ。


 そしてコルトさんの方には話せないけれど、リーナには私が見たことを話すべきだということは、分かっていた。

 馬車が走り出してしばらく経ったころ、タイミングを見計らっていた彼女が話しかけてきてくれたので、私は頷いた。


「私があのとき狙ったのは、竜ではなくて……竜の背中に、乗っていたひとです」

「ひと……ひと? 竜の背中に?」

「ええ、竜の背中に、です。……リーナには、この意味が分かりますよね?」

「……竜が、ほかの生き物を背中に乗せるわけがない、よね」

「その通りです。竜は魔物で……強く気位の高い生き物です。馬のように、ひとを運んだりしてくれるような生き物ではないんです。……ある、ひとつの例外を除いて」

「……魔王の、魔法だね」


 リーナの声は、がらがらと鳴る車輪の音にかき消されてしまいそうなくらいに小さく、けれど重かった。

 私はリーナの言葉に、ゆっくりと頷いた。自分でもまだ納得ができていない部分を、どうにか飲み込むために。


「……そうです。魔王の使っていた、魔物と意思疎通する魔法。それを使って、『彼女』は魔物を従え、あるいは別の魔物同士を仲良くさせたり、果ては品種改良までしていました。ゴブリンやオークを竜に乗せた魔王軍のドラゴンライダーは……魔王という存在がいたからこそ、可能だった戦術です」


 なにも人間に限った話ではなく、ほかの魔物だって竜に気軽に乗ることなどできない。

 魔王軍にそれができたのは、魔王が持つ魔法によって兵士として魔物を教育し、竜を品種改良できた成果だ。


「……魔王の魔法は複雑で、すごく難しい。それに、『あの子』もボクと同じで人間の枠から外れてた。ふつうのひとが魔法で魔物を操るのは、ぜったいに無理だよ。少なくとも、百年や二百年の研究ではたどり着けないと思う」

「ええ、分かっています。だからこそ……竜の背中にひとが乗っているのを見たときに、一瞬頭が真っ白になってしまいました。そんなはずがないって、自分の目で見たものを疑ったのは……久しぶりです」


 あり得ないと思って、一瞬思考が止まり、身体が固まってしまった。

 そうして慌てた結果、その先の判断をミスして、竜に乗っていた相手を取り逃してしまった。もっと効果のある場所を狙うべきだったのに、そのことに気づけなかった。

 迷いはそのまま射撃に出てしまい、もう取り返しがつかなくなってしまっている。


「……シア」

「あ……」


 自然と力の入った手指を、優しく包まれる。

 感触に驚いてリーナの方を見ると、彼女は真剣な目でこちらを見て、


「シアが見たって言うなら、ボクはそれを信じるよ」

「リーナ……」

「だから、そんなに難しい顔して、自分を責めないでよ。……ボクがついてるから、ひとりで落ち込まないで」

「っ……」

「それに、魔物を操る魔法なんて悪用したらとんでもないことになるのは、魔王のことがあったからもう分かってるし。だから竜に乗ってたひとを、探そう?」

「……良いん、ですか? 想い出をつくる、という目的からは外れてしまいますが」

「なに言ってるの、これだって想い出だよ。……シアといっしょにいるなら、どんなことだって想い出になる。ただ……それを後悔とか、苦い想い出には、したくないから」


 リーナの笑みは気軽で、悲壮感は無い。

 心の底からそう考えているのだと、探らなくても分かる。

 安心して指先の力が抜けると同時に、リーナが私に肩を寄せてきた。

 銀色の髪が触れてきて、少しだけくすぐったく感じる。

 私を見上げてくる紫色の目が、胸の奥から溢れる不安を吸い込んでいく。

 竜の背中に乗っているひとを見たときから消えなかった緊張が、ほどける。

 ようやく、私は心から一息をつくことができた。


「……すみません、ちょっと難しく考えすぎていました。その……予想外すぎるものを見て、びっくりしてしまって」

「気にしないで。ボクだって、たぶん先に気付いてたらすっごく慌ててたと思うし。……魔力を感じられる距離じゃないから、わかんなかったけどね」

「ありがとうございます。でも……実際のところ、竜に乗っていたひとが悪人かどうかは、分かりません。だから探したところで、意味はないかもしれませんよ?」

「分からないなら、なおのことだよ。危ない魔法使いかどうか、確かめておいても悪くないし。それに……人がいる火山に竜をつれてきてる時点で、ちょっと悪人説が強いでしょ」

「まあ、それは確かに……」

「うん。最初にボクたちに攻撃してきた竜も、そのひとが操っていたものかもしれないしね」


 その可能性は、大いにあり得ることだった。

 あの場に竜が二匹いたとして、関係がない間柄なら確実に縄張り争いになって、山はもっと騒がしくなっているだろう。

 それが無かったのは、あの竜がつがいだったか、あるいは両方ともあの人物に操られていたかの二択だ。


「魔王が……『あの子』が誰かに教えてたとは考えづらいから、誰かが新しく研究したのかもね。ただ、どんな理由にせよ魔物を操るなんて魔法があるなら、放っておけない。それこそ、新しい魔王が生まれちゃうかもしれないから」

「……ええ、そうですね。あれは……いくらでも悪用ができる、魔法ですから」

「うん。だからボクも……魔物避けの結界までしか、作らなかったんだ」


 きっと私よりも、リーナの方が思うところがあるだろう。

 魔法という共通の技術と過去があったために、魔王と一番通じ合っていたのは彼女だった。

 魔王と同じように異能によってひとに弾かれ、追われ、疎まれてきたリーナは、今も自分が魔王になるかもしれないという不安を抱えている。

 その彼女が、魔王と同じ魔法を使えるひとがいるかもしれないと知って、なにも思わないわけがない。

 それなのに彼女は、私が不安がっているのを見て、元気付けようとしてくれている。

 笑顔に嘘はないけれど、リーナだって不安がまったくないはずはないのに。


 ……しっかり、しないといけませんね。


 手を握って優しくしてもらうばかりでは、ダメだ。

 彼女が私を大事にしてくれるように、私だって彼女を大事にして、助けあわなければいけない。それが対等な関係というものだと思う。

 まして今は戦友というだけでなく、恋人でもあるのだから。

 恋人にとって、恥ずかしくない自分でいたい。今まで生きてきてはじめて感じるその気持ちは、思った以上に強く私を支えてくれた。


「……ありがとうございます、リーナ。もう、大丈夫ですよ」

「ん、良かった。それで……探そうって言ったのはボクだけど、どうしよっか。具体的な方法とか、ぜんぜん考えつかないんだけど」

「それなら……人相書きはどうでしょう? 顔は見ていますから、それを描いて聞いて回れば良いかなと。帝様や王様に頼めば、探してもらえるかもしれません」

「あ、それ良いね。……っていうかあの距離でちゃんと顔まで見えたんだ、シア」

「ええ、目には……少しだけ、自信がありますからね」


 あまりにも予想外のものを見たせいで一瞬自分の目を疑ってしまった。

 けれど、もう迷いは完全に晴れているから、確信が持てる。


「顔を見たから、なおのことそのひとが魔物を操っていると思ったんです。……ひどく取り乱した顔をして、竜に向けて命令をしていたような雰囲気でしたから」

「……なるほどね。それじゃ、やっぱりなにか後ろめたいことくらいはありそうだね」


 大きな目的が無かった旅に、ひとつの目的が決まった。

 今度はスタンとラッセルという頼れる仲間はいないけれど、不安な気持ちはない。

 リーナといっしょなら、なんとかなるという気がしてくる。


「それはそれとして……悩んでばっかりしてもしょうがないんだから、ちゃんとイチャイチャもしようね?」

「ふぇっ、あ、ぇ、そ、それはっ……は、はぃ、わかりました……」


 リーナの言葉で、彼女とぴったり引っ付いていたことが一気に恥ずかしくなる。

 温度がほっぺに上がってきたことを感じると、リーナは楽しげに目を細めた。


「あ、ぅ、で、でも、ひ、人前では、ダメですから、ね?」

「うん、分かってる分かってる。とりあえず帝様のところにつくまでに、似顔絵だけ描いておいて、あとはコルトに任せてのんびり座ってようよ」

「……そう、ですね。そうしましょうか」


 ほんとに分かっているのだろうかと思うけど、リーナが上機嫌なので深く突っ込みづらい。

 私が緊張しすぎないためにそう言ってくれている部分もあることも、分かっている。

 なにより私だって、恋人らしいことをしたくないわけではないのだ。

 自分の顔が赤くなってしまっていることを自覚しつつ、私は筆を取り出すのだった。

 ほっぺの熱が記憶を薄れさせてしまう前に、似顔絵を描いてしまわなければ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?