第14話
―皇帝視点―
昼食の後、大長秋が執務室にやってきた。事件の調査を報告するために。
「なるほど、やはり他殺の線が濃厚か」
この前の件もだが、西月国の姫と侍女の2人には驚かされてしまう。砂漠の女帝は、侍女ですら優秀な人間を集めているのか。まるで、三国志の曹操のような英雄気質だな。
結局、上に行けば行くほど、自分だけでは解決できない問題が増えてくる。どんなに優秀な人間でも確実にそうなる。一時的にはうまく回るかもしれないが、人間はどんどん疲弊していく。歳を取れば体力も衰える。ワンマン気質な名君が、歳を取って暴君となる。歴史的に見ればよくあることだ。
だからこそ、周囲の人間に優秀な人物を集めておく必要がある。それが本当の英雄の必須条件だ。漢の建国者である劉邦も本人よりも優秀な部下たちに支えられて天下を取った。約400年続く漢王朝の礎はそうやって作られた。
できることなら、私もそうありたいと思うが、現在保守派に猛烈な反発を受けて、面従腹背の敵だらけに陥っている自分では程遠いな。もしかすると、あの翠蓮のほうが、私よりも上に立つに向いているのではないかとすら思う。
思わず自嘲してしまった。
「さすがは、噂通りの女傑ですね。犯人をおびき寄せる罠すら仕掛けてしまった」
「ああ、私好みのやり方だ」
そう言うと、大長秋はくすくすと笑い始める。
「やはり、陛下と翠蓮様は相性が良いのではありませんか」
こいつくらいだ。幼少期から世話をされてきたから、ほとんどあったことがなかった実の父である先代皇帝よりも、親のように思ってしまうから、きつくはしかることもできない。
「バカを言うな。敵の敵ということで利害が一致しているだけだ」
「ですが、陛下がここまで興味を持った女性は、初めてではありませんか?」
「ふん、翠蓮を女だとは思っていないよ。使える駒は多いほうが良い。利害が一致している間は、面従腹背のやつらよりも安心できるだろう」
「そこですよ。翠蓮様は、陛下と同じ目線に立つことができる稀有な女性なのです。大事にしてください」
「言ってろ」
思わず子供のような言葉が出てしまう。これでは、政務に戻るのに時間がかかりそうだ。
「陛下失礼いたします」
そんな話をしていると、宰相との打ち合わせの時間になってしまった。
「これは、これは、陛下。思わず話過ぎてしまいましたな。私はこれで失礼いたします」
大長秋は真面目な顔で帰っていく。あの老宦官め。こちらの心だけをかき乱すだけかき乱し逃げるとは。
さきほどの温厚で父性がある大長秋とは打って変わって、宰相は私以上に冷たい雰囲気を醸し出していた。
「まずは、西月国の状態ですが、かなり混乱しているようです」
「ほう?」
「新たな関所の建設や通行税を創設するとかで、商人たちは大反発。ターバンは別のルートを模索しているようですね」
なんと、無茶なことを。あの国は農業ができない土地だから、商売が生命線のはずだ。確かに長年の戦争で国力は疲弊しているはずだ。それはこちらと同じだろう。だが、その疲弊した体力で、自らの生命線を傷つけるとは。増税を目指した新税が、逆に収入減少につながるのは明白だ。
「しかし、それでは参ったな。西月国との関係改善は交易が目的だったのに、そちらが滞ることも考えられるのか?」
「現在はまだ様子見ですが、可能性はあるでしょう。その場合は、再び戦争も選択肢です」
思わず顔が曇ってしまう。宰相はそれを無表情で見つめていた。
「陛下、私はあくまでもその可能性を指摘したにすぎません」
「ああ、そうだったな」
先代の皇帝よりずっと宰相を務めている優秀な官僚だ。50代になったはずなのに、まだ20代と言っても騙されるくらいの若さを保っており、仲間たちからは妖怪などと言われているらしい。
優秀さは抜群で、さらに頭もキレる。だから、解任などはしたくないが、友人としては付き合いたくない人物だろう。彼の頭がキレ過ぎる。
「それでは、陛下。あとは決裁通りにさせていただきますので」
「ああ、任せた」
必要最低限の仕事をして、彼は部屋を出て行った。大長秋とはまるで違う仕事のスタンスだな。
さて、気が引き締まったことだ。こちらも政務を進めるとしよう。
『翠蓮様は、陛下と同じ目線に立つことができる稀有な女性なのです。大事にしてください』
さきほどの言葉が頭によぎる。たしかに、弟がいなくなってから、部下ではなく同じ目線に立ってくれる人がいなかったと思いだす。
「弟さえいてくれたら、ここまで苦しまなくてもよかったのだろうな」
そんな雑念が湧き出て、思い切り頭を振る。思わず心が痛む。なるべく、考えないようにしていたのに、こういう時に思い出してしまうのは、自分の弱さだ。どうしてだ。自分は覚悟を固めていたはずだ。永遠に消えない罪を背負うことも、本当の家族を失うことも、ずっと孤独になることも。私はこの国家に尽くす。それが罪滅ぼしになるはずだと、今でも信じている。
私だけが幸せになるわけにはいかないだろう。
すべてを忘れるために、目の前の仕事に集中する。つらさを忘れるためには、これが一番だと知っているから。