第15話
「翠蓮様。こちらが私の調査報告です」
大長秋様がお菓子をもって翡翠の宮に来てくれた。こう何度も足を運んでもらって本当に申し訳なくなってしまう。
「やはり、凶器となるようなものは見つからないんですか」
それが一番の問題だ。これが他殺なら、かならずどこかにあるはずなのに。
そもそも、この後宮で武器を携帯できる宦官は一部だ。厨房の包丁がなくなっただけでも、皇帝陛下の命の危機になりえるということで大騒ぎになってしまう。それなのに、首を斬った短刀以外に凶器は見つかっていない。そもそも、外傷も残らずに人を殺せる凶器なんてあるわけがない。
しかし、報告書には容疑がかかった3人の宦官がリストアップされていた。
一人は、調査を行う宦官の副責任者。仕事が始まるときに受けた不正防止用の身体チェックで怪しいところもなく武器などはもっていなかったようだ。亡くなった紅さんは、最後まで部屋で仕事をしており、副責任者の彼は夜遅くまで仕事を手伝っていたらしい。それでも、体調が悪く日付が変わるまでには執務室を出たとされている。
被害者と最後に会った人間ということね。彼は夜遅く帰ったため、それを証言できる人は誰もいない。紅宦官は、食事も水も取らずに仕事をしていたと言っているらしい。
次に書かれていたのは、調査部の付近を守る宦官の衛兵2人。彼らはふたりで夜間の警備をしており、交代制だったらしい。どちらも亡くなった被害者の悲鳴などは聞いていないと証言している。だが、周囲で武器を携帯していたのはこのふたり。夜勤の職務のため休憩時間に食事が出るのだが、彼らはふたりとも台所で夜食を受け取っておりその際に、違和感はなかったようだ。
被害者の遺体は、朝出勤した部下たちが発見しており、状況からも彼らは犯人候補からは除外されている。
よって、この3名が容疑者候補か。直接、話を聞きたいけど、私が直接動くには問題が山積みね。
大長秋様は、「執務がありますので、また明日にでも来ます」と言い残して去っていく。
仕方がない。どう考えても、結論が出ないのなら、図書館にでも行って気分を変えたほうがいい。私はそう結論付けて、いつもの場所へ向かった。
※
「おや、今日は少し遅かったね」
司馬はいつものように本を読んでいた。
「ええ、少し来客があったのと、トラブルが?」
しかし、司馬はいつもここにいる。仕事はしなくて大丈夫なのだろうか。そう聞いたことがあるが、「僕は皇太后様の夜の看病要員なんだよ」とごまかされてしまった。いつ寝ているんだろうこの人。
「トラブル?」
「あなたにも関わることなの」
私は、今朝から今までに起きた状況を詳細に説明した。本来は情報の流出を危惧するべきで、あまり多くの人が触れるべきではないのだけど、彼なら信用できる。そもそも、彼ならいい案をくれるんじゃないかという期待があった。
それに、最後に伝えたことは、彼のやる気を間違いなく上げてくれるはずだから。
「嘘だろ。調査部が封鎖されたせいで、本が届かないのか⁉」
いつになく動揺した彼は、持っていた本を落としてしまった。
「ええ、別の場所で業務を行っているみたいだけど、午前中は仕事ができなかったので、必要最低限の食糧くらいしか調査できないみたい。本とか化粧品とかの嗜好品は後回しになっているみたいなの」
「本は嗜好品じゃない‼ 僕にとっては栄養みたいなもので、生活必需品なんだ‼」
こんなに叫ぶ人を初めて見た。本1冊で、時間がたてばいつかは届くのに。
「そ、それで、調査部の封鎖や制限はいつ届くんだよ‼」
「大長秋様に確認したら、事件の犯人がわかるまでは無理みたいね」
「……っ。あのタヌキおやじ、化けて出てやる」
年相応に大好物が食べられなかったからと、のたうち回るほど激怒している彼を見ていると面白くなってしまう。いや、だめよ。彼は彼なりに必死なんだから。
「何にやついているんだよ、本当にあんたは失礼だな。だから、他の妃から、元敵国の姫なんて言われて孤立するんだ」
「ごめんなさい。いつもふてぶてしいあなたがここまで動揺するなんて思わなかったのよ」
「それほど、僕にとって、本は大事なものだなんよ。わからないのか?」
「そうね。だから、早く事件を解決しなくちゃいけないな」
これは司馬にとっては最悪の脅しだ。できる限り早く本を読みたい、歴史を人質にされた彼は、間違いなく食いついてくる。
「くそ、あんたはすごい政治家だよ。ここまで人をやる気にさせちまうとはね」
苦々しいと彼はにらみにつけてきた。私は涼しそうな顔でそれを流した。
「しかし、まるで暗殺者みたいな手口だな。そういうのをここの本で読んだことがある。普通に考えたら、自殺に偽装して見逃されてしまうはずだから、バレて向こうも動揺しているだろうな。逃げられる前に早く捕まえないと、永遠に封鎖が解除されないかもしれない。時間との勝負だ。歴史書でも暗殺者による手口で似たようなものを見た気がする、思い出せ」
身体は図書館の中で動き、同時に頭の中の図書館で記憶を整理していく。
すさまじい速さで本を閉じて開いてを繰り返して、彼は結論にたどり着いた。
「これだ」
彼は該当ページを開いて、そこには古代の王が暗殺されてしまうエピソードが描かれていた。犯人の妃が自供しなければ、王がどうやって死んだかわからなかっただろうと作者は書いていた。彼女は絶対的に安全なはずの王の寝床で、武器も使わず、後も残さずにあるものを使って、王を殺害したのだった。