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第16話

第16話


 大長秋様に頼んで、容疑者として挙げられていた衛兵2人を呼び出してもらった。夜勤明けで休んでいたはず。でも、大長秋様の事情聴取を受けていたわけだから、途中で起こされたのだろう。二人は疲れ切っていた。


 数人の護衛の宦官と共に、二人が待つ食堂に入る。2人は私が入るなり、びくりと立ち上がった。


「賢妃様?」

「なぜ、私たちに用事が?」


 このふたりが容疑者候補。副責任者は容疑から外れた。彼の証言から、紅宦官は飲まず食わずだったことが判明している。よって、酒や薬で眠られせることはできない。さらに、2人の前の担当衛兵から彼が帰るとき以外に、一度も調査部から出てこなかったことが確認できた。服の中に薬などを隠していた可能性もあるが、調査部では仕事前に不正がないように身体チェックを受ける。よって、職務に不要なものは持ち込めない。


 でも、日常業務が終わっているはずの夜間なら? 普段なら鍵が閉まっているはずの部屋に残業で残っている人間がいるとわかれば、簡単に侵入できるし、身体をチェックされる心配もないだろう。責任者の宦官は責任感が強く残業をしていたことはよくあったらしい。普段から顔見知りになっておいて、差し入れなどをしていたとしたら、衛兵が入ってきたこともいつも通りの行動に思えたのだろう。それも、自分が食事もとらずに仕事をしていたら、食事を持ってきた衛兵のことをまるで神の使いのように歓迎したはずだ。


 その神の使いが死神だとは知らずに。

 そして、睡眠薬を使って、眠らせる。睡眠薬は、どこに敵がいるかわからない後宮では常に緊張感が漂っている。そういう理由で、不眠症に悩む妃も多く、ここでは、侍医に相談すれば、簡単に調合してくれるらしい。芽衣に確認したところ、大量に服用すれば、最悪の場合は死に至るものらしいが、さすがに侍医も暗殺に使われる危険や自殺者が出たら大変なので、少量しか渡さないそうだ。


 侍医は、薬を作った相手の名簿はしっかり作っており、その中に二人の名前はなかった。おそらくどこからか盗んだものだろう。


「お二人は、調査部で何が起きたかはご存じですか?」


「ええ、責任者が自殺したとか」

 後半の警備を行っていた宦官がそう口を開く。


「俺も、昨夜、責任者が自殺したと」

 前半の警備を担当していた宦官が同じようなことを違う口でしゃべる。でも、少しだけ違う。その違和感が今後、崩れていく理論の始まりとなる。そして、この人はたくさん香水を振りかけているわね。甘いにおいが、少し近づくだけで強くなる。香水は、もともとこちらの世界にはなかった。アラブ世界や西洋世界から伝わったものだ。そして、最近その製法を学んだ技術者が国産化に成功し、従来と比べても格段に安くなったことで、ブームが生まれていた。


 聞いたところによると、妃や女官たちは好んで買い求めているようで、彼女たちに近づきたいと考えている野心家な宦官たちは自分も使ったりしているそうだ。


「そうなんですよ。それで、お二人さんにお聞きしたいのは、警備をしていて変わったことはありませんでしたか。それと亡くなった責任者の方と面識は?」


 二人とも今度は異口同音に特に変わったことはない、上級宦官の責任者の顔はかろうじてわかるが、面識と呼べるものではないと答えた。


「念のための確認ですが、おふたりは夜勤が終わった後、着替えましたか?」

「はい」

「私も」

 これでいい。二人とも思った通りに動いてくれていた。


「ありがとう。犯人が分かりました。彼を殺した犯人は、最初に警備を担当していたあなたですね?」

 私に指定された宦官は白い肌をさらに白くして、驚いてイスから立ち上がり、「何を言っているんですか、賢妃様っ‼」と抗議の悲鳴を上げた。やはり、警備を任されているだけあって、体格はよく力も強そうに見える。


「そもそも、今回は自殺だと‼ 私は槍をきちんと返却しておりますし、その際に武器の管理人と一緒におかしなところがないかも確認しました。人の首を斬ったなら、血だって付着するだろうし、武器を掃除する布なども必要です」

 彼は墓穴を掘ったことに気づかなかったようだ。こういう心理戦は、一番得意だ。


「ええ、正直に言えば、賭けでしたよ。でも、勝算はいい賭けです。あなたは、自分から犯人だと名乗り出てくれたのだから」


「はぁ‼」

 激高し殴りつけてくるかと思うくらい勢いよくこちらに向かってきたが、武器を持った衛兵たちに取り囲まれて、固まってしまった。


「あなたがたは、夜勤明けで休んでいたから、先に罠を仕掛けておきました」


「わ、な?」


「ええ、今日の被害者は、今朝、遺体で見つかった。彼は自殺していたようだ。これが大長秋様にお願いして、みんなに知らせた内容です。どうして、あなたは彼が夜に死んだことがわかったのか。最初は、それが疑問でした。でも、間違った噂を誰かに教えられたとでも言われたら言い逃れてしまう。だから、もう一つ罠を仕掛けた。彼の自殺方法は、現場を見た私たちと犯人しか知らないんですよ」


「ちぃ……」

 さきほどまでは善良な何の特徴もないように見えた宦官は、苦虫を嚙み潰したように顔が歪み人相の悪さが明らかになる。


「もちろん、これも同じように言い訳ができますが……私は、彼を眠られた方法側からなったんです。ただ、食堂では夜勤の職務を行うものに酒を出さない決まりがあると知りました。武器を受け取るときに、身体チェックもありますし、調査部の近くに酒を隠すのは発見されるリスクが高い。そもそも、殺された宦官はかなりの大柄で、泥酔させるには1本や2本の酒では難しいかもしれない。ならば、薬だろうと思いました。あなたはどこからか盗み出した睡眠薬、もしくは、調査部の裏切り者から横流しされた薬を被害者に飲ませて眠らせたうえで、首を絞めて殺害した」


「……」


「そうすれば、首を斬っても出血量はたいしたことはない。後ろから回り込んで斬れば、返り血も防げる。あなたの身体を汚すリスクは極めて低くなる」

 ふんと笑って、犯人は反論してくる。


「だが、首を絞めたら跡が残るだろう?」


「ええ、それが実は過去の歴史に同じような暗殺方法が書かれていたんですよ。もちろん、あなたは知っていますよね?」

 犯人を挑発し、さらに冷静さを失わせる。

 先ほどの司馬との会話を思い出した。


 ※


 国王は首を絞められて殺されていた。暗殺したのは下級妃で、寵愛を受けることができなかった積年の恨みで、国王が寝静まった時に自分の服の帯で彼の首を絞めつけたと書いてあった。


「待って、これじゃあ首に跡が残るはず」


「残念ながら、太い帯で締め付けた場合は、跡が残りにくいらしい。少し残ったとしても、殺した後に自殺を偽装して筋をなぞるように首を斬れば……跡は残らない」

 たしかに、薬や酒を使って眠らせた後、服の帯を使えば、外傷も残らずに、自殺を偽装できる。首を絞めて殺した後、首を斬りつけて自殺を偽装したならば、部屋にほとんど血が残らなかったことにも納得できる。


「それができるのは……」

 容疑者は絞られた。


「あとはあんたのうまい口を使っておびき出せばいい。あんたほど、罠を仕掛けるのがうまい女を見たことないよ」


「褒めているのか、けなされているのか?」

「両方だよ、早く解決して僕の本を取り戻してくれよ」

「そんな盗難にあったわけじゃないのに」

「僕にとっては強盗みたいなもんだよ」

 そう言って私たちは笑いあった。


 ※


「女性向けの帯です。細い帯であれば、首を絞めた後は跡が残ってしまう。でも、長くて太い帯であればほとんど跡は残らない。少し跡が残っても、その跡をなぞるように首を斬れば……証拠は消滅します。あとは責任者と夜勤のたびにあいさつや差し入れをして仲良くなっておけばいい。あなたの夜勤の時は、食事の量を多くしてほしいと食事番が頻繁に頼まれていたという証言もあります」

 そして、大長秋様に頼んで確保をお願いしていた彼の洗濯物が運ばれてきた。


 私はその帯をもって彼に見せつける。


「ずいぶん長い帯を使っているんですね。それもとてもおしゃれな帯を。薬のような匂いもしますね?」


「違う、私はこんな帯持っていない。誰かのが間違えて……」

 まだ言い訳するつもりね。でも……


「なら、どうしてこの帯から、あなたの香水と同じ匂いがするんでしょうか」

 これで詰みだ。もう逃げきることはできないだろう。そして、この匂いは、たしかにあの遺体の近くから感じた匂いとも一致していた、


 宦官は観念したように笑いだした。

「あ~あ、バレちゃった。おいおい、砂漠の女帝様は、古今東西の暗殺にも詳しいのかよ。そんなの想定外すぎるだろ」


「認めるのね」

 追い詰められているはずなのに、まだ余裕があるような笑みを浮かべていた。まだ、何か手が残っているというの。でも、この大人数に囲まれている中で、逃げ切るなんて無理よ。だから、これは負け惜しみということだと思うけど、まだ何かを隠しているようにも思える。ここは、できる限り話を引き延ばして、できるだけ情報を聞き出そう。


「ああ、認める。だいたい、宦官を装うのはもう飽きたんだ。胸が苦しいったらありゃしない」

 胸のあたりからさらしを取り出す。そして、隠れていた豊かな胸が姿を見せる。まさか、暗殺者は女だったとは。たしかに、普通の男性が宦官を装うよりも、そちらのほうがだましやすいとは思うけど……


「あきらめなさい」

 まずは、大人しく降伏勧告をだす。乗ってくる相手だとは思わない。でも、彼女の性格なら、これは屈辱だと感じるはず。彼女のプライドは仕草などからも高いと考えると、挑発になるはず。冷静さを失ってくれれば、何かが起きるかもしれない。


「あきらめる? 私が? いいかい、あんたみたいな小娘が生まれる前から、闇で生きてきた私をなめるんじゃないよ」

 自信満々に笑う彼女の姿を見て、嫌な予感がした。でも、確かに冷静さを失ってくれている。あと少しで何か聞き出せそうだと思った瞬間だった。


「確保‼」

 殺気を伴った犯人に危機感を持った宦官の隊長が叫んだ。兵たちが彼女に殺到する。しかし、彼女の身体はふわりと飛び上がり、差し出された槍をつり橋のように渡り、反撃に出て、数人の兵士たちを鎮圧してしまった。こちらが動くよりも前に、私の背後に回り込み、首筋にナイフを当てた。先ほど倒した兵士から奪ったようだ。


「全員動くな。動けばこの女の命はない。賢妃様の首が飛ぶぞ」

 この脅迫に宦官たちは動けなくなってしまう。


「くっ……」

 私の苦しそうな声を聴いて、彼女は楽しそうに笑った。


「これで形勢逆転ね。いくら砂漠の女帝とはいえ、ただの若い女。闇家業の専門家には勝てるわけがない。計画は失敗したけど、あなたを土産にさせていただくわ」

 まずい。このままでは、誰も彼女に手が出せない。そして、私はこの反乱分子に拉致されて、交渉の材料にされてしまう。どうすればいい。誰か助けて。



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