陛下はすぐに重臣たちを集めて会議を開始する。私は、立場も立場なので、翡翠宮に帰ろうとしたが、「お主もぜひ会議に参加してくれ」と言われてしまった。
会議の場に私が参加すると、やはり重臣たちは目をしかめたが、陛下のご命令となれば仕方がない。会議は今後の対応について話されていた。
「せっかく安定してきたのに、また戦争か‼」
「これでは、医薬品など隊商たちが運んでくる物流に大きな乱れが発生しかねません」
「もし、契遼国が敗北して、西月国に併合でもされたら、大国となってしまいます。こちらの安全保障上でもそれを看過することはできません」
将軍や尚書たちは、口それぞれに自分の意見を表明していく。
宰相様が「やはり、こちらも西月国に対抗して、軍を派兵なさってみてはいかがでしょうか。翠蓮様の前で話すことははばかられますが、和平などはたから無理だったのでしょう。我々は長年の宿敵ですから」と冷徹な進言がなされた。
参加者のほとんどがおずおずとこちらを見つめてくる。
「翠蓮なにか考えがあるのだろう。この場で皆に伝えてくれないか?」
陛下から促されて私は口を開いた。
「故郷のことを批判するようで、口には出すべきではないのですが、お話をさせていただきます。私は故郷にいたころは馬で各地を視察することを常としておりました。今回の西月国の進軍するルートには大きな問題があると言わざるを得ません」
会場は騒然となる。まさか、元敵国の姫の口からこんな意見が出るとは思ってもいなかったのだろう。
「問題とは何ですかな?」
参加していた大長秋様が続きをうながした。
「水です。西月国や契遼国の気候は、砂漠地帯で特に冬に雨が少ないのです。この時期のオアシスではどこも水が不足しやすく、補給を行うことが難しいです」
将軍たちは「そうか」とすぐに気づいたようだ。
「さらに、騎馬兵を中心とした軍の編成上の問題もあります。雨が少なければ、軍馬の食料となる牧草の確保も難しい。補給が難しいのであれば、最初から馬に多くの荷物を載せなくてはいけなくなりますが、その分、消耗も激しくなります。そうなれば、西月国の軍隊は移動だけで精一杯となり、戦うことなど夢のまた夢かと考えます」
会場はしんと静まり返る。
「まさか、ここまでとは……」
「砂漠の女帝は軍事にも才能があるのか」
「本当に女なのか⁉」
「あの若さでここまで頭が回るとは。末恐ろしくなる」
陛下は満足そうに笑う。
「それでは、翠蓮。お主は、軍事的な緊張感は忘れてはいけないが、おそらくすぐに撤退することになるだろうから心配する必要もないと?」
「はい、陛下。仮に、軍事侵攻がうまくいったとしても、すでに補給は限界でしょう。まだ雨が多く降る夏季までは時間がありますので、補給を立て直すことも難しいですし、略奪などで無理をすれば反乱でより疲弊するのは明らか。こちらから軍を動かすよりも、西月国が疲弊するのを待てばよいかと」
戦争を望んでいる旧守派の将軍たちはかなり苦々しい顔をしていた。私の進言で戦争が無くなったのだから、あたりまえだ。ある意味、凡俗な武人ほど、出世を求めて戦をしたがる。そうしなければ、軍の予算や地位が低下するからだ。
でも、戦争はあくまで外交の最後の手段でしかない。膨大な人の命や予算をつぎ込んで、軍人の出世欲を満たすためだけの出征などありえない。そもそも、外交でまだ手段を尽くしていない。この状況で短絡的に他国に攻め込むことはリスクの方が大きい。
会場は、私の意見によって「開戦せずに様子を見る」という考えが強まった。当事者国の内情を最も知る私の意見が尊重された形だ。
1週間後。大順に予想通りの連絡が入った。
「西月国、契遼国国境付近で大敗する」