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―族長視点―
さあ、ここから伝説の始まりだ。
自分が初めて決断した戦争に胸が高鳴っている。
今日から、新しい英雄が歴史に刻まれる。もしかしたら、自分はチンギスハンの生まれ変わりかもしれない。ずっと夢想していた。
翠蓮とずっと比較され続けていた俺は、本当は才能があって、あの女を上回る成果を上げることができるんじゃないかと。
「族長、撤退しましょう。すでに、馬は半数が脱落しており、生き残っている馬もすでに虫の息。これでは、我々が得意とする機動性を持った作戦を行うことはできません」
一人の将軍はこんな泣き言を言っていた。
「馬鹿者‼ 気合が足りぬ。水がない程度で弱気になるな。国境沿いの城砦を突破すればすぐにオアシスだ。水はそこで奪えばいい」
将軍は黙ってしまい、何も言えなくなった。
「よいか。契遼国など恐れるに足らぬ。1週間で戦争は終わる」
こちらの方が下図のうえでは圧倒的に有利だ。
すぐに城塞の攻略に取り掛かった。数で圧倒していることで、城砦は数時間で陥落する。
このまま、一気に進軍を指示して、戦地での最初の夜は終わった。
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―1週間後―
すでに、本陣の将軍たちは生気がない。
目が死んでいる。ほとんどの者が視線を下にしていて、誰も自分とは目を合わせようとはしていなかった。戦場の中心で最も孤独で疎外感を味わう。屈辱だ。どうしてこうなった。俺は英雄のはずだったのに。
前線からの報告は絶望に満ち満ちていた。馬を失ったことで進軍スピードは低下し、1週間で終わると豪語していた戦争は、初戦で獲得した城砦以外はほとんど動くこともできなかった。逆に本国から送られてくるはずの補給は滞りを見せていて、末端の兵士には数日食事をしていない兵士も珍しくはなかった。
オアシスの攻防戦に失敗したことで、水はほとんどなくなり、飢えた兵士たちが砂漠のうえで倒れて息絶えていく。部下たちはそんなむごい状況のことを屍の道と呼んで震えあがった。次は自分の番かもしれないと。
「族長、真鈴将軍の部隊が壊滅したようです。ほとんどの兵士が討死か捕虜になったと」
主力部隊の壊滅。これでもうこちらの命運は決してしまった。
「撤退だ」
私は、まだ元気な馬を一頭強引に奪い、その場から逃げ出す。このまま残っていたら、すぐに敵に囲まれてしまう。そんな不名誉なことはできない。
まずは、すべてにおいて族長である自分の命が優先だ。
「族長⁉」
「まさか……自分だけ」
「そんなのってありかよ」
怨嗟の声が後ろから聞こえた。気にすることはない。やつらの内、どれだけがこの地獄を生き残れるかわからないのだから。