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第48話

 ※


 私は、西月国の大敗の報の後、陛下に呼び出されていた。


「さすがだな。翠蓮の言ったとおりになった。これで主戦派たちは、黙ることしかできない」


「正直に言えば安心しました。故郷が心配でもありますが、大順と直接、戦火を交えることはなくなりましたからね。これで、私の故郷は数年もしくは10年は動けなくなるしょう」

 芽衣の弟から連絡があったが、どうやら私に良くしてくれた人たちは、族長やその側近たちから信用できないと言われて、ほとんど残留したらしい。戦死した将軍の名前は、すべて現族長派の重鎮ばかりだ。


 これで故郷の方からこの平和を壊す心配はなくなった。

 でも……


「西月国弱体化を機会とみて、順の主戦派たちが攻め込もうとはしないでしょうか」

 逆に、その不安も強くなる。

 これはこちらから見ればチャンスなんだ。長年の宿敵を潰す機会となれば、血気盛んな者たちがそう主張するのも当然だろう。


「それは確かに不安だが、最近は海岸沿いに海賊の被害が多い。武官たちの多くをそちらに派遣して、治安維持のために頑張ってもらおうと思う。そうすれば、やつらの出世欲をより健全な形で満たすことができるだろう」

 たしかに、内陸から海沿いに焦点を変更させてしまえばいい。物理的にも遠いし、そもそも喫緊の課題である海賊対策までできてしまうのは大きい。そこで功績をあげれば、武官の出世にもつながる。戦争がなくても、武官を満足させる良い手だと思った。


「さすがです。陛下」


「何を言う。今回の正確な分析で、両国の危機を救ったのはそなたじゃないか。功一等は翠蓮のものだ」

 そういわれると恥ずかしくなる。本来であれば、越権に近い会議への参加。主戦派たちの思惑をくじいてしまったのは今後に影響を与えてしまうかもしれない。


 でもだ。

 陛下が直接否定するよりも、私が代わりに否定したことはよかったのかもしれない。だって、その方が、陛下は恨まれることなく、国は安定しやすくなるから。いざとなったら君側の奸臣を演じ切る覚悟だってある。それが多くの人たちにとっての幸せを実現できるのであれば、私はそれをたしかに演じきる。


 私は、両国の安定のためにここにいるのだから。


 ※


 陛下からは最近は朝食よりも昼食に呼ばれることが多い。陛下は朝からその日の仕事のほとんどに目を付けて、昼食とその後で、悩んでいる仕事を私や側近の人たちと相談して、午後から解決策を見つけるようなやり方に変わったと笑っていた。


 すなおに、頼られるのはうれしい。昼食を一緒にするということも、下手な男女の機微などを持ち出すこともないため、かなり気楽だった。やはり、この前の夕食の際は、変にドキドキしてしまうし、いろいろと考える必要が多いから、ね。


 西月国が戦争に大敗して、軍事的な緊張感は一気に低下した。国境付近に張り付けている守備兵力も2割ほど削減する案がでている。2割と言っても数千人規模の人間を遠方の補給が難しい場所から移動できるのだ。物資を移動させるだけでもコストは大きい。それが削減できるのは、国力を回復させなくてはいけない順にとっては朗報だろう。浮いた予算を多くの方面に振り分けることができる。


 ただ、怖いのは……

 やはり、大きな戦争を望んでいる主戦派の動きだ。軍人の多くは、治安維持のために海沿いに移動させており、海賊の討伐に明確な功績をあげている。武官たちも出世の功績を稼ぐことができるため、主戦派としても、私たち改革派としても利点が大きいのだけど。


 大きな戦乱が起きることを期待していた大商人などは物資の買い付けに走っていたようで、たくさんの損害が出ているとも聞く。その大商人と結びついた官僚たちにとっては、自分たちへのワイロが減るかもしれないと思って、忸怩(じくじ)たる思いだろう。


 ただ、武官たちが忙しい現在では、物理的な戦争を起こすこともできないわけで……こちらのけん制策はうまくいっている。


 雑談を踏まえつつ、私たちは政治の問題を議論する。


「海上交通の安定性が確保された後の政策についてだが翠蓮はどう思う?」


「はい。まずは、海上交易を増やすべきだと思います。やはり、馬やラクダを使う陸上輸送よりも乗り物で異動する海上交易のほうが、物資の輸送費用が安くなりますし、量も増えます。西洋では、蒸気による船が開発されたとうわさでも聞きました。そうなれば、風だけで異動する帆船よりも効率が段違いです。我が国でも、そちらを採用したり開発できないかを検討していく必要があるかと」


「たしかにな」

 実際、私は順に来てから西洋の強国が海から東洋に進出しているのを知った。彼らは母国にはない珍しい物品を回収し、母国で売ることで大きな利益を上げているらしい。だが、負の側面もあり、現地民をまるでドレイのようにひどい扱いをしたり、自分たちの利益のために虐殺をすることだってあると聞いた。


 いつかは、順にもそういった魔の手が迫ってくるかもしれない。それを守るためにも、西洋の進んだ技術は取り入れていく必要がある。


「たしかに、西洋の国が戦争をいどんでくることがあるかもしれない。そうなれば、まずは海で戦いが始まる。我が国は、周辺国との争いのために陸の戦力の強化に余念はないが、海はおろそかだ。独立した水軍のような戦力を持つことも選択肢に入れておかねばなるまいな」

 交易と戦争は表裏一体な面もある。大きな利益が絡む分、それだけ欲望や利権が含まれているからだ。陛下は本質的なところを抑えて、水軍の創設を検討に入った。


「では、次に飢饉対策についてだが……西洋商人から芋というものがもたらされた。これは荒廃した土地でもよく育ち、10日に一度程度の水やりで十分育つらしい。東の島国では、米が多く育てられていると聞いたが、冷害でコメが育たなくなってしまった時の保険にこちらも育てるようになったと聞く」


「それはすごいですね。なにか、和の国では実績があるのでしょうか」


「ああ、その芋をよく育てた地方は飢饉が発生しても餓死者はほとんどでなかったようだ。これならとても良い対策になるであろう」


「賛成です。ですが、飢饉対策以外の使い方も、私に案があります」


「ほう、聞かせてみよ」

 陛下は、しっかりと情報を集めてくれるし、その理解度も早く正確だ。話していてとても楽しいし、私の突拍子もない意見も否定せずに、その応用方法まで考えてくれたりもする。


「まず、西月国国境付近の守備兵にも、城砦付近にそれを育てさせるのです。荒廃した土地でも育ち利点を生かすこともできますし、仮に戦争になった場合でも、緊急時の食料にすることもできますでしょう? 平時に食べても構いません。そうすれば、食料の輸送費用を下げることもできます」


「うむ。良い考えだ。現在、種芋の量産を試みているから、それが終わり次第、やってみよう」

 こういう形で今日の政談もお開きになる。毎回、とても有意義な時間ね。

 陛下は常に新しいものを勉強しようとしている。私も図書館でいろいろ読まないと。司馬におすすめの歴史書を教えてもらっていろいろな政策については学ぶこともできている。


 陛下は使っていた資料を棚に戻した。几帳面な性格がよく出ていて、図書館以上に理路整然と資料が並んでいた。すべての棚にすき間なく、本が並んでいる。


 これが陛下の明瞭な頭脳を形作ったものだと思うと、少しわくわくした。

「少し見せていただいてもいいですか?」


「ああ、構わないよ」

 私は、経済についての資料を1冊取り出して、パラパラと中身を見る。どうやら、西洋の本を翻訳したものらしい。ちょっと司馬のことを思い出した。


「おもしろいですね」


「ああ、なかなかこういう本は我が国にはないからな。もしよかったら貸そうか?」


「よろしいのですか?」

 陛下の本を借りるのは、不敬になってしまうのではないかとも思ったが……知識を身に着けたほうがこの国のためになると思って、それを否定する。


「もちろんだ」

 私は好意に甘える。


「しかし、資料が多くなってしまった。この部屋ではもう手狭だ。狭い方が資料を見つけやすいと思って使い続けてきたが、そろそろ限界だろう」

 そう苦笑いしつつも、そばの宦官に「棚をもう一つ用意してくれ」と陛下は頼んだ。どうやら、この執務室はまだ使い続けるつもりらしい。引っ越した方がいいとわかりつつも、使い慣れた場所の利便性が勝ってしまうようだ。陛下の人間らしさがよく出ているなと思う。


 私は資料を手にもって執務室を辞去した。いっぱいになっていたはずの棚から1冊だけ本が無くなるのは少し寂しい気持ちになるけど、それだけ信頼されていることだと思いなおして、満ち足りた心で部屋を出る。


 外の梅をちらりと見ると、ゆっくりと美しく散っていく姿が見える。もうすぐ、新しい季節だ。


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