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―族長視点―
命からがら逃げて、逃げて、逃げまくる。砂漠の暑さとほとんど食料を食べていなかったからか、馬はすぐに泡を吹いて倒れてしまった。
徒歩でほとんど食料も水もない状態で歩き続ける。これでは、もう族長ではなく、ただの浮浪者だ。このまま、オアシスを見つけることができなかったら、野垂れ死ぬことになる。
死にたくない。このままでは、歴史に名前を残すほどの無能な族長として、名前が刻まれてしまう。そんな屈辱を死んだ後も受けなくてはいけないなど、耐えられるわけがない。
最後の水を飲んで、執念で逃げる。まだだ。まだ、主力部隊が壊滅しただけで、守備兵がいる。戻れば、まだ戦えるんだ。
「おい、ここに金目のものを持った兵士がいるぞ。きっと、戦争に負けて逃げてきた奴だ!」
「ひんむいちゃおうぜ」
「お頭に良い報告ができるな‼」
運が悪いことに、山賊たちと遭遇してしまった。普段ならこんなやつら撃退できるはずなのに、もう身体も限界だ。
だが……
「私は西月国の族長だぞ‼ こんな無礼なことをして覚悟はできているのだろうな」
こちらの脅しに、やつらは一斉に笑った。
「おいおい、こいつ頭がおかしいぜ」
「そうだな、兄弟。こいつ、戦犯だと自分から名乗りやがった。本人じゃなければ、こんな時にこんなことを言うやつはいねぇよ。完全に本人だ」
「お前のせいで家族を失った部族の長が、お前の首を欲しがっているんだよね。いいや、金目のものを奪ってさ、こいつを引き渡そうぜ。さすがに、族長を表立って殺すわけがないから、陰で処理されるだろうな」
こいつら、なにを言っているんだ。
「お、おい」
「やっぱり、異例だけど、砂漠の女帝が族長になるべきだったんだよなぁ」
「そうそう。そうすれば、こんな敗戦なんて起きなかった」
「お前はあの優秀な女帝に任せるべきだったんだ。そうすれば、あんな悲惨な死にかたはしないのにな」
恐怖で足が震える。尻もちをついて、後ずさりしながら「俺はどうなるんだ」と聞いた。
「噂では凌遅刑にしてやるって言ってるらしいぜ。お前を連れてきたら、黄金がたくさんもらえるんだ」
「凌遅刑だと⁉」
それは、最も残酷な処刑方法だ。身体を少しずつ切り刻まれて、ゆっくり苦しみながら殺される。大きな罪を犯した罪人として不名誉な処刑方法でもある。
嫌だ、そんなことされたくない。どうすればいい。
「許してくれ、金ならある。俺を見逃してくれれば、お前たちにしっかり謝礼もする。望むなら将軍や大臣にだって取り立てることもできる……」
また、笑われた。
「こいつ、まだ族長でやれると思っているぞ」
「もう、お前は中央に戻っても殺されるだけだぞ」
「いや、むしろもう死んでいることになっているんじゃないのか」
血の気が引く。もう破滅の運命から逃れることはできないとわかってしまう。
せめて、馬がいれば……もう逃げることもできない。部下たちを全員、置いて逃げたから、守ってくれる人もいない。
「とりあえず、お頭のところに連れて行きましょうぜ」
「そうだな」
「お頭なら一番高く売れるところに売るだろうからな」
俺は完全にモノとして扱われている。逃げようと後ずさりするも、腰が抜けて動けない。
賊は、俺に殺到して、抵抗むなしく、縄で手足を拘束されて、狩られた獲物のように連れて行かれる。さるぐつわまでされてしまって、言葉を発することもできない。
「(こんなはずじゃなかった。こんなはずじゃなかったのに。どうして、こうなった。俺は英雄になれるはずだったのに。族長にまでなったのに)」
女々しく泣き叫び、俺は誘拐された。そして、絶望的なことに気づく。ここで、誘拐されたとすれば、それを知らない他人からは自分は戦死か行方不明となってしまう。つまり、誰も捜索などしてくれないし、誰も救出してくれないだろう。生きていることすらわからないのだから。
絶望の中で、殴られて、意識が深く沈んでいく。虜囚の屈辱なんて考えることもできなかった。