※
翌朝。私は陛下と共に朝食をする。いつものように政治談議だけどね。
「海岸線の海賊討伐は、とても順調だ。やはり、西月国への抑えが不要になったことは大きいな」
陛下は満足そうだった。
「ですね。いままで、海賊討伐が行えなかったのも、自由になる兵が少なすぎたことが原因だと思います。海上輸送が安定すれば、交易によって大きな利益が入ってきますね」
「そうだな。そうなれば、沿岸の民は裕福になる。その者たちから税を徴収し、なかなか利益にありつけない内陸部の住民に対しても、その恩恵が得られるように分配する」
陛下は、少しずつ自分の本心を語ってくれる。そして、陛下から借りた本にも同じ内容が書いてあった。
「政府による富の再分配ですか」
こちらも本をしっかり読みこんでいるとわかって、陛下は嬉しそうにうなずいた。
「そうだ。この財源を使えば、特に戦争で荒廃した内陸部の復興を行いやすくなる」
「もう少しで効果が出ると思います」
私たちは自分たちの改革が順調であることに、満足して、食後のお茶を飲んだ。
温かいお茶でさきほどまでの政治談議にも一息をついた。心配だった軍官の反発も海賊討伐と言う命令を与えたことで、抑え込むことができた。軍隊も一つの官僚組織だ。自分たちがもういらない産物と判断されることを極端に嫌うのだろう。自分たちが無能だと言われてしまうのは、許せないはずだ。それは、真面目な人間ほど忌み嫌う。
だからこそ、彼らには人々に必要とされているとやりがいを感じる仕事を与えることが大事だ。海賊の討伐は、活躍すればするほど、民衆からは感謝されて、英雄になれる。彼らの名誉欲をくすぐることができるし、政府としても重要な交易路を確保できる。
文例堂と話したことだが、海外の技術を持っているというのは、とても重要なことだ。その技術が高ければ高いほど、本人も豊かになれるし、国への恩恵も大きい。
「そうだ、大長秋から文例堂が下女たちへの教育に協力してくれると聞いた。昨日の交渉は順調だったか?」
「はい。とても素晴らしい女性店主でした。彼女が味方してくれるのなら、それこそ1000人の味方を得たくらいに力強いです」
そうか、そうかと陛下は笑う。
「そうだ、失念していた。翠蓮には、とてもよくやってくれているな、何か褒美を与えないといけない。欲しいものはあるか?」
自分の頑張りを認めてくれたことが嬉しかった。でも、自分はそこまで物欲が強くない。
欲しいものが思いつかない。
「えっと……」
その様子を陛下は嬉しそうに見ている。ちょっとだけ恥ずかしい。
「なんでもよいぞ。それほど、翠蓮は活躍しているし、結果も残している」
どうして、元敵国の君主に認めてもらえるのだろう。異母兄にすら認められなかったのに。
そして、ひとつ思いついた。私が陛下にして欲しいことを。
「モノではなくてもいいですか?」
「構わんぞ」
私は嬉しくなって、あの事を陛下にお願いすることにした。
「で、では……今度、後宮内で演劇が催されると聞きました」
「ああ、女官たちの年に一回の楽しみだ。いくら経費を削減しようとも、大事な娯楽を削ってしまえば、彼女たちのやる気をそぐことになるからな。いくら、翠蓮の願いでも、さすがにそれを中止できないぞ」
ちょっと、勘違いされてしまっている。
そうじゃないんだけどな。私だって、この閉鎖空間の中における娯楽の重要性はよくわかっているつもりだ。
「違うんです。わたしはただ……」
声が上ずってしまった。どうやら、相当緊張しているらしい。
「何だ違うのか?」
「はい。私は、陛下と一緒に演劇を観たいなと……思っただけで」
どうして、いつも真面目な話はできるのに、こういう遊びの提案はとても緊張してしまうんだろう。砂漠の女帝とも言われていたくらいの私が、まるで、年頃の乙女のように……怖くなってしまう。