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―族長視点―
「ここはどこだ」
うなされて目が覚めると、どこか洞窟のようなところにいた。
ここは賊のアジトか。
猿轡をはめられていて、やっぱり悲鳴を出すこともできない。
このまま、どうなるんだろう。俺は族長で、この国で一番偉い人間のはずなのに。ぐるぐるに縛られて、情けなく地面の上に寝かされている。
土が口の中に入ってくる。猿轡のせいで、吐き出すこともできずに、くぐもった悲鳴を上げることしかできない。
「ようやく目が覚めたか」
盗賊の親玉だろうか。いかつくて、汚いひげを蓄えている。
巨漢で、ほとんどの人間の首を簡単に折ってしまうだろう太い腕の持ち主だ。
死の恐怖が迫る。
「これは上玉だな。まさか、族長本人を捕まえることができるとは。隣国に売り飛ばせば、俺たちは億万長者だな」
もし、向こう側に捕虜とされたら、俺は恨みを買っている。
何をされるかわからない。少なくとも拷問はされるだろうな。秘密を吐かされて、無能な族長としてののしられて、そして、最後に見せしめの様に殺される。
背筋が冷たくなっていく。
首を横に振る。
「なら、お前に息子を殺された部族の長か? 無能な族長のせいで、後継者を失った人間はたくさんいるぞ。お前みたいな無能な将軍のせいで、たくさんの人間の人生が壊されたんだからな。恨みを買っているだろう。おら、なんかしゃべれよ」
腹を思いっきり蹴られた。口を閉じられているからしゃべることができないのに、理不尽な暴力だった。
「そこまでにしときなさい」
女の声が聞こえた。どこかで聞いたことがある声。
洞窟の奥から、ゆっくりと美しい女が出てくる。
「まさか、あなたとここで出会うなんて思わなかったわ。でも、仕方がないことね。あなたが予想以上に無能だったからいけないのよ」
女は、鞭をもって俺を強くぶってくる。痛みが止まらずに、声にならない悲鳴をあげる。
「あら、あなた、まだ猿轡を付けていたのね。本当に無能な族長ね。やることなすこと、全部遅いもの。だから、弱小国に負けるのよ」
俺のプライドをちゅうちょなく折っていく。
どうして、俺はこんなことになっているんだ。
なんとか、顔をあげると、見知った女だった。いや、一番近くにいるはずの女だった。
なぜなら、彼女は、俺の妻だったから……
「んで」
かろうじて言葉にすることができたのはこれくらいだった。
「あーあ。あなたが無能すぎるせいで、私たちの計画は大誤算よ。せっかく、あなたのもとに嫁いで、そそのかして優秀な翠蓮を外に追い出して、バカなあなたを使ってこの国を乗っ取って、これからって時にね」
そして、鞭が俺を襲う。言っている意味が分からない。計画? 優秀な翠蓮を追い出したのも……全部、こいつの計画??
「西月国を完全に制圧してしまえば、こっちのものだったのにな。あとは、大順と無理やり戦争を起こせばよかった。そうすれば、また戦争が起きたのにね。計画に変更が必要になっちゃった」
信じていた人は、まるで別の顔を見せて、俺を痛めつける。
「たっく、本当に役立たずね。でも、いいわ。あなたは一応、この国の族長だから、まだ生かしておいてあげる。責任を取らせるのにも都合がいいし、いざとなったら、あんたを高く買ってくれるところに引き渡せばいい」
なんとか、生き残ることができるのか。少しだけ安堵する。
妻は、部下を呼んで指示を出す。
「自殺されても面倒だから、基本的に猿轡をかけたままにしておいて。食事は最低限で、逃亡させないように。飢えている人間は、逃げることもできないもの」
その言葉に看守のような冷徹さが込められていた。
「いい、あなた……逃げようとすればどうなるか、わかるわよね」
俺はうなずくことしかできなかった。
新しい地獄のような環境が始まった。