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第63話


 ※


 ずっと思っていた。誰かに愛されたいと。

 生まれた時、私はずっと一人だった。母は、私の出産の際に亡くなったと聞いている。でも、それは嘘だとわかった。どうやら、現族長の妻、つまりお父様の正妻にいじめ抜かれて、最後は自殺したと誰かが教えてくれた。


 だから、正妻の息子である兄とは最初から仲が良くなかった。

 私は周囲が敵だらけだった。当たり前だ、母が死んで味方もいなかった。お父様は優しくしてくれたけど、忙しいから会える機会はほとんどない。自分を守るためにも、強くなるしかなかった。


 たくさん勉強した。遊牧民族国家は経済や政治などは苦手な人が多い。だから、優秀な漢人官僚を雇ったりする。自分たちは戦争のことで頭がいっぱいになっていたりもする。でも、やっぱりそれじゃあ限界がある。


 特に、国のトップが経済などに関心がないと繁栄の継続はなかなか難しい。

 だから、私はそうなれるように頑張った。


 芽衣が友達になってくれるまで、ずっと孤独だった。芽衣が友達になってくれて、私は彼女を守るためにももっと強くなろうと思った。優秀な医者になれるはずの彼女に負けないくらいもっと学ばなくちゃいけないとも思った。


 女が勉強するなんてと何度も言われた。それでも、私は努力を続けて、笑った人たちも黙らせた。大事な仕事も任せてもらえるようになって、徐々に周囲からも評価されるようになった。その一方で、恐れられてもいたけど。


 だから、ここに飛ばされたんだけどね。私は、男社会の保守派から考えればめんどくさい人間だっただろう。だから、人質にされて、元敵国に飛ばされた。


 でも、知識は生かされた。培った知識は無駄にならなかった。むしろ、自分の身を守ることができたし、陛下の役にも立てた。


 自分を守るため、誰かを見返すために、身につけた知識がまさかこんな形で生かされることになるとは思わなかったけど……


 今までの自分をほめてあげたいと思ったのは、初めてだ。


 だって、それがあるおかげで、私は陛下を助けることができるのだから。


 でも、その一方で無力感をどうしても感じてしまう。

 知識だけでは、救うことができないことがわかってしまうから。彼の力になることはできても、心を癒すことはできていないと思う。


 私は芽衣のように、人のケガや病気を治すこともできない。それ以上に難しい人間の内面をさぐることなんてできようがない。


 だから、どうすることもできない。ただ、陛下と一緒に歩んでいくことしかできない。

 近くにいることしかできない。


 それじゃあ、ほとんど力になれないとわかっている。でも、そうすることしかできない。

 私は本当に無力だ。


 どんなに知識を積み上げても、権力を持っても、人一人の心を癒すことはできない。ただ、一緒に責任を担うことしかできない。それはただ、彼の心の傷を広げてしまっているだけなのかもしれない。


 でも、彼が前に進むというなら、私も一緒に前に進んであげないとダメ。

 それに、すべてを犠牲にしても前に進もうとする陛下を、私は尊敬している。そんなに高尚な覚悟を決めることができる人がどれだけいるのだろう。陛下が前に進むのは、弟君との約束や彼の思いを継ぐためだ。そして、女性を愛することができないのはきっと……罪悪感と自己嫌悪、そして、子供たちに自分のような悲劇を味合わせたくないからだ。


 それはやっぱり優しさの裏返しで、あんなに果敢に政務を取り仕切るのに、人を傷つけることに臆病にもなっている。


 全部考えてみても、彼は尊敬できる男性だ。だから、私は彼と一緒に歩くつもりになった。

 自分の人生をすべて賭けてでも、彼と歩んでみたいと思った。


 私は幸せな人間だとわかった。これほど、好きな人に出会うことなんて、もうないと思うから。せめて、これからは後悔なく生きたい。


 そう思って、私は陛下を抱きしめていた。

 この時間が永遠に続いたらいいのに。それはとても幸せな時間だった。


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