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―翠蓮視点-
陛下の体から名残惜しくもゆっくり離れる。
彼の力強い筋肉と高貴な香りがずっと五感をくすぐっている。
今は少しでも感情を共有できたこと、分かり合えたことを喜ぶべきだと思う。たぶん、一番陛下に近づくことができた。でも、それは私たちの距離をより明確に再認識させられることになったわけで……
これが梅蘭様が感じていた絶望か。その一端を感じ取って、私はせつない気持ちになる。
これを何年もずっと耐えているのかと思うと、心の痛みが止まらない。
「陛下、私は梅蘭様を迎えに行ってきますね」
彼は優しくうなずいた。
本来なら彼が行くべきだと思った。でも、皇帝として公の行事を中座することはできない。それに、梅蘭様にとって、陛下が迎えに行くことは果たして救いになるのだろうかと考えてしまった。
彼女はずっと孤独に戦い続けていた。そして、これからも戦い続けなくてはいけない。
だからこそ、陛下が行くべきなのだろうか。それは余計に彼女の誇りを傷つけてしまうのではないか。そんなことは、私が認めない。
中座した後で、私は走った。梅蘭様は、近くの花が散った梅の木の下でただずんでいた。花は散ったのに、彼女の周囲だけは在りし日の花に彩られているようにも見えた。
「もし、私が素直にすがれる女だったら結末は違ったのかな。それとも、陛下の気持ちなんて考えないで、私の気持ちを優先していたら……」
聞いてはいけない言葉を聞いてしまった。そして、やはり陛下が来なくてよかったと思った。
「私の恋はこれで終わり」
それは悲壮な言葉だった。彼女が一つの覚悟を固めた瞬間にも見えた。
でも、それはあんまりだと思う。
報われるべき彼女が、そんな悲壮な覚悟を背負うべきではないと思ってしまった。
言葉が勝手に口からもれてしまう。
「それは違うと思います」
彼女は驚いたようにこちらに振り替える。私は彼女に向けて走り出してしまった。
もう止めることはできない。
私は彼女をやさしく抱きしめる。彼女の眼からは、涙がとめどなく零れ落ちていく。
「私は、梅蘭様の気持ちを否定なんかしたくない」
どうしてだろう。私からすれば都合がいいはずなのに、ここまでまっすぐな気持ちを見せられたら、私はそう思ってしまった。止めることはできなかった。
梅蘭様の涙につられて、私まで感情が止められなくなっていく。
「どうして、翠蓮さんが泣いているのよ」
彼女の口調は、いつの間にか砕けたものになっていた。それに従って、私も同じようになっていく。
「だって、それはあまりにも……」
梅蘭様はさらに強く私を抱きしめてくれる。
それから、私たちはずっと無言で泣き続けた。自分の痛みを共有するために。