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第69話

 ※


―皇帝視点―


 翠蓮と梅蘭がいなくなり、広い席にひとりだけになってしまった。いや、これが自分らしいなとすら思う。自分は梅蘭の好意に甘えているだけで、弟のことを思い出したくないとばかりに彼女に近づくことができない自分がいる。


 いつまで引きずっているんだと自嘲する。それでも、自己嫌悪と後悔は止まらない。自分のせいで梅蘭を不幸にしている。


 芭蕉扇でもあれば、私の心の中で燃え続けている後悔を吹き飛ばしてくれるだろうか。本来であれば、自分が行くべきところなのに、翠蓮に甘えてしまった。今日の自分は、誰かに甘えてばかりだな。


 もし、弟が生きていれば、きっと半分の仕事は任せていただろう。

 そうすれば、すべてがうまくいっていたはずだ。梅蘭も幸せになっていた。翠蓮とは出会わなかったかもしれないが……


 そのありえたはずのもう一つの可能性で、翠蓮と出会えない可能性が高いことがわかり一瞬、気分が重くなった。


 まさか、この歳でこんな気分になるとはな。本当に自分はおろかだ。せめて、妄想の中でも自分に都合の良い世界を作ることすらできない。


 弟と翠蓮もどちらも手に入れている自分を思い浮かべることもできないとはな……

 こんな自分が幸せを手に入れることなんてできるのだろうか。


 それでも、皇帝としての責務をやめることはできない。自分の中は矛盾だらけだ。

 このままではいつか潰れていただろう。そんな時に翠蓮と出会った。


 彼女の前では、冷徹という仮面をかぶらなくても大丈夫だった。最初はかぶっていたはずなのに、いつのまにか素の自分をさらしてしまっていることに気づいた。それは、幼馴染の梅蘭にすらできなかったことなのに。


 ただ、思うんだ。私は、翠蓮を弟の身代わりにしているだけなのではないかと。結局、彼女の能力を当てにして、ただ使おうとしているだけなのではないかとも思う。それが皇帝としての責務であると割り切れればどんなに楽だろうな。そんな風に割り切れることは絶対にないのだが……


 結局、自分はこの冷徹な仮面を自分の心を守るためだけにつけているのかもしれない。


 私は弟や梅蘭すら利用しているだけの冷血漢だ。弟を死に追い込み、彼の婚約者の気持ちを考えずに、政局の安定のためだけに妃として迎えた。そして、献身的な彼女の好意に答えようともせずに、弟の残滓を追い続けている。


「いいかげんに、皇帝として割り切れよ。相変わらず不器用なんだよな、兄さんは」

 懐かしい声が聞こえたような気がした。あの頭がいいのに、生意気な弟の声が……


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