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私たちは、陛下のもとに帰った。あとは3人で劇を見ながら、談笑した。陛下は、いつになく柔らかい表情に変わっていた。
陛下には小声で「翠蓮すまなかったな。梅蘭を連れ戻してくれてありがとう」とお礼を言われた。よかった。土足で二人の間に入り込んでしまったのではないかと怖かったからそう言ってもらえて、安心する。
「いえ、私はお役に立てたかどうかは……」
実際にそうだ。今回の私は完全に感情的になって、ただ暴走しただけとも言える。
「この後で少し散歩をしよう。その場で正式に礼を言うよ」
「ありがとうございます」
簡単にお礼を言うと、あとは劇を楽しみ時間となった。
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私たちはゆっくりと庭園を歩く。
やっぱり夜だから真っ暗だけど、いろいろあったから会話が止まらない。
「劇、とてもおもしろかったです。迫力もありましたね」
「ああ。あそこまで動きがあると、みんなが楽しめるな。来年は水滸伝とかもいいかもしれない」
「陛下は、小説もお好きなんですか」
「ああ、昔からよく読む。もちろん、皇帝の教育には悪いとか言われて、良い目はされていなかったけどな。弟と隠れて読んでいたよ。弟は三国志演義などが好きだったな」
ぽつぽつと弟君のことを教えてもらえるのは嬉しい。陛下が少しずつ、自分に気を許してくれているように思う。
「翠蓮は、好きな小説はあるのか?」
珍しいなと思う。陛下がこういう少し柔らかい話題に踏み込んでくることはめったになかった。
「私はこちらの言葉を覚えるために教材として、たくさんの本を読みましたね。『列仙伝』とかも好きでした。ちょっと荒唐無稽だと思いましたが」
『列仙伝』とは、中国の仙人の伝記ね。有名なところだと老子などが紹介されているけど、他にもたくさんの奇跡を起こした仙人たちが紹介されていた。松の実を食べて馬と同じ速さで走る仙人。不老不死の老人もたくさん紹介されていたのを覚えている。
「たしかに、あの仙人たちは本当にいるのかは怪しいな。でも、あれは古代の人たちの願いが込められているのだと思う」
「願いですか?」
「そうだ。馬よりも速く走りたいとか不老不死になりたいとか。魂だけはこの世界にとどまりたいとかね。仙人というものは、人間の死を恐れる基本的な感情からきているんじゃないかと思えてくる」
たしかにそうだ。不老不死は、歴代の中華王朝の皇帝も求めていた秘術だ。
有名なところで言えば、秦の始皇帝ね。でも、絶大な権力を持っていた彼ですら、その夢を成し遂げることはできずに、時間の流れに屈してしまった。
「陛下は、不老不死に興味はありますか?」
私の問いに陛下は即答する。
「これでも権力の絶頂にいるわけだが、そんなことは思わないな。むしろ、このつらさが永遠に続くと思うと、気がめいってしまう」
私は思わず笑ってしまう。陛下も笑い出した。
「そんな権力者は陛下くらいではないでしょうか?」
「あいかわらず、はっきり言うな、翠蓮は……」
「でも、西洋から来た商人に昔、教えてもらったことがあるんですよ。向こうの人たちは、魂は決して死なないと思っているそうですよ」
「ほう?」