「向こうでは、魂の不死っていう考えがあるらしいですね。人間同士が付き合うことで、魂の一部をお互いに交換していると考えているみたいです。その交換した魂は、次々と他の人に伝わって、決して滅びることはないと」
陛下は感心したように笑う。
「なるほどな。たしかに合理的な考え方でもある。では、すでに私の魂の一部が翠蓮に届いているのか」
「そうですね。そして、私が会ったこともない弟君の魂も陛下から受け継いでいるのですよ」
彼はハッとして、そして穏やかに空を見上げる。
「うん、そういうことか。たしかに、そう思うことができれば、少しだけ救われた気持ちになる。そして、自分は周囲の人間たちの影響から逃げることもできないということだな。皇帝という立場も、しょせんはその程度ということだよ」
「陛下?」
「いや、あくまでも、自分を戒めているだけだ。たとえ、どんなに独善的な人間だとしても、自分がただ優秀だと思い込んでいる限りは限界がある。周囲からの影響を否定しているようでは、小さな器で終わってしまうのかもしれないな。そして、皇帝の器が小さければ、一番の被害者は民衆だ」
本当にこの人は、いつもそうやって自分を戒めている。
「陛下なら大丈夫ですよ」
「その油断が命取りだろう?」
私はさらに笑ってしまった。
「いつかもっとゆっくり陛下と弟君のことを教えてください。もちろん、梅蘭様のことも」
もちろん、今すぐじゃない。ゆっくりでいい。私たちは、この後宮でずっと一緒なのだから。
「そうだな。そうすれば、弟は永遠に生き続けるかもしれない」
陛下はゆっくりと私の手を取った。「えっ」と小さい声が漏れてしまう。
「今回の件は、翠蓮に感謝しなければならないな。本当にありがとう。おそらく、翠蓮でなければ、梅蘭は戻ってきてはくれなかった」
その戻るというのは、演劇になのか……それとも、自分のもとにか。
陛下がどちらを指しているのかはわからない。
私は、たぶん後者だと思った。梅蘭様は、完全にあきらめるつもりでいたと思う。立場上は後宮から離れることはできないけど、それでももう昔のような関係には戻れない。自分はただのお飾りになる決意でいたように思える。
そんなことになれば、陛下はますます一人になってしまったと思う。それは、あまりにも悲しすぎる。
「こんなに大きな手だったんですね」
まじまじと彼の手をさわるとそんな感想を覚えた。一度、抱きかかえられたこともあったけど、あの時は混乱してしまってそれどころではなかった。
「翠蓮は、こんなに華奢な手だったんだな」
陛下は余裕をもって笑った。思えば、異性にここまで接近される経験なんてほとんどなかった。あったとしても、女暗殺者から私を守ってくれた陛下に抱きかかえられた時くらい。
「陛下、もう少しだけ、このままがいいです」
言ってしまった。もう自分の感情を抑えることはできない。
抑える必要もないのかもしれない。
「そうだな。今回は翠蓮に借りがある。なら、言うとおりにしよう」
陛下も顔を赤くしていた。たぶん、さっきのは口実だ。でも、それでもいい。陛下がこの一瞬を共有してくれるなら、私は悪魔にだってなれる。
そこからは口数も少なく、私たちはできる限りゆっくりと戻っていく。お互いに何も言わずに、少しだけ遠回りをしながら。