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第73話


 ※


―梅蘭視点―


 翌日。

 私は陛下と朝食を共にしていた。


 実は、陛下と朝食だけを一緒にするのは初めてだ。私の立場を気にして、一緒に寝て朝食を共にすることはあっても、今回のようにそれだけを目的に呼び出されるのは初めてで緊張してしまう。翠蓮さんは、私とは逆で朝食に呼び出されることが多く、夜を一緒にすることはないと言っていた。


 聞いたところでは、陛下は朝に仕事をするのが好きらしい。一番頭がすっきりしているとかで、難しい問題の決断は朝に下す傾向があるらしい。ということは、翠蓮さんに相談して、決断をどうするか決めているということだろう。


 すでに、仕事の上では二人は最高のパートナーになっていると思う。私にそんな芸当はできないから、雲の上を見ているように思えてしまう。でも、そんな忙しいはずの陛下がどうして、私を呼び出したのだろう。


 お粥とお茶というかなり優しい食事。陛下はこういう質素な食事を好まれる。私の宮に泊まった時も、こういう朝食だ。


「今日はいかがいたしたんですか?」

 思わず自分から聞いてしまった。陛下は苦笑しながら「梅蘭とゆっくり話したかったんだ」と言ってくれた。


「私は政治のお話は分かりませんよ」

 これが私のスタンスだ。下手に政治に口を出そうものなら、実家に火の粉が降りかかる恐れもあるし、逆に私を経由して、誰かが陛下を動かそうとするかもしれない。翠蓮さんほどの優秀な人なら其れを跳ねのけることもできるのかもしれないけれど、私にはそんな自信もなければ、下手なしがらみが大きい。


「違う。弟の話をしたかったんだ」

 私は一瞬固まってしまった。陛下から彼のことを聞くのは、何年ぶりだろう。あの一件以来、陛下は大事にして弟君のことを口にしなくなった。


「珍しいですね」


「梅蘭は嫌じゃないか」

 私のことを心配してくれることが嬉しかった。首を横に振る。彼のことは五日離さなくてはいけないと思っていたのだから。


「私はひどい兄だと思う。弟を死に追いやって、彼の婚約者だった君を妃に迎えてしまったのだからな」

 私の表情の変化を気にしながら、陛下は心配そうに口を開いていく。


「それは……むしろ、私はそれが陛下の優しさだと思っていましたよ」


「やさしさ?」


「私を心配してくれていたのでしょう。婚約者があんなことになったら、私に求婚する人間なんていなくなる。ただでさえ、家柄の家格などを考えれば、婚約できる人間は少ないのに。もしかしたら、国外に嫁がされてしまうかもしれない。そんな環境を憂いて、私に手を差し伸べてくれた。私はずっとそう思っていました」


「……」

 陛下は何も言わなかった。ただ表情の変化で図星を突かれたと気にしている様子が見える。やっぱりそうだったのね。


「ですから、感謝はしても、陛下を責める気持ちなどありますでしょうか。私は陛下と一緒にいられるだけで、幸せなのです」

 たとえ、この先にあるものが報われないものだとしても。私は、陛下と一緒に歩むことができれば、これ以上の幸せはない。むしろ、彼にとっては最低の婚約者だったのだ、私は。陛下が彼を死に追いやった。それが巷でうわさされているあの事件の真相だけど、たぶん、あれは彼の配慮だと思う。


 このまま、皇帝に逆らった人間が何の罪も受けずに、生き永らえて、高い地位にいるという前例を作ってはいけない。彼はそれを気にしたはずだ。本人は一切関係がなかったはずなのに、部下たちの暴走の罪も全部、引き受けて、そして死んだ。皇族としての責任を全うしてしまった。


 仮に彼が生き続ければ、皇帝を弑逆しようとした主犯でも罪を受けることがないという悪しき前例を作ってしまう。国が大いに乱れる可能性もある。だから、喜んで死を受け入れたんだと思う。彼は遺書も残さなかった。だから、本当のことはわからないけれど、たぶんそうだ。ずっと近くで二人を見てきた私だから、わかる。


「そうか、梅蘭は優しいな」

 首を横に振る。そんなはずがない。そんな風に言われる資格が、私にはない。私はずるい人間だから。優しさの対極にいる女だ。


「それは買いかぶりすぎです。私はずるい女ですよ。もしかしたら、彼のことだって利用したのかもしれない」

 彼は優しく見守ってくれていた。自分よりも兄が好きな女を嫉妬もせずに、縛りもせずに、ゆっくりと見守ってくれていた。


 そんな彼を利用してしまった。そんな意図はなかったのに、私は罪を犯したことには変わりはない。彼の失脚と死によって、私は陛下の妃になってしまった。


 それがどんなに罪深いものか……

 彼の死によって、自分の喜びを叶えてしまったことへの罪悪感とそれでも拭い去れない……自分の感情。


 もう心は限界だった。

 だから、昨日の夜にあきらめようと思った。すべてを翠蓮さんに任せて、自分から離れようと思った。


 なのに……


「お互いにすべてを話そう。私は、梅蘭の好意や優しさをただ、自分の心の修復に使った。利用していたんだ。最低な行為をしていたという自覚はある」

 陛下がそう言ってくれた。


「私も最低な人間です」


「何を悩んでいたんだ。教えてくれないか」

 陛下は、初めて歩み寄ろうとしてくれている。私は声を震わせながら、言葉を漏らした。


「ずっと、陛下のことをお慕いしておりました。弟君と婚約者だった時も、その前もずっと……あなたが好きでした」


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