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そして、私は午後に陛下に呼ばれた。
珍しく食事でもなければ、職務中に呼び出された。珍しい。
「よく来てくれたな」
陛下は、忙しい執務を中断してこちらを見る。
「よろしいのですか?」
私のために仕事を中断してもというニュアンスを込めて確認する。
「かまわない。翠蓮には話しておかないといけないことだからな」
その言葉に覚悟を固める。梅蘭様は関係を進めることができたようだ。そう直感する。
「梅蘭様のことですか?」
「そうだ」
やっぱり。私は泣きそうになる。もしかしたら、私は妃という立場を否定されるのかもしれない。あくまでも、仕事上の共犯者という立場だけを求められるのかもしれない。最初はそれでもよかった。でも、今ではその立場だけでは満足できなくなってしまった。
泣きそうになっている自分に驚いた。
「梅蘭については、私のほうにもかなり問題があったな。彼女につらい思いをさせてしまった。翠蓮のおかげで、また大事なものを失うことになりそうだった。それを防いでくれたことだけでも、感謝しても感謝しきれない。本当にありがとう」
陛下からそう言われて、嬉しいはずなのに、心は泣いてしまっていた。
我慢できそうにない。
「私はもう……」
言葉が出る寸前で、陛下は何かを察して首を横に振る。
あわてて、自分の口を押えた。これ以上、言ってしまったら、二度と前とは同じ関係には戻れなかっただろう。
一生後悔するところだった。
「それは違う。私には翠蓮が必要なんだ。梅蘭の件で、きちんと気持ちを伝えなければいけないと思ったんだ。だから、呼んだ」
一瞬何を言われているのか、わからずに硬直する。
「どういうことですか……」
陛下は少しだけ顔を赤らめていた。
そして、私のほうを見て苦笑した。
「やはり、こういう言葉は苦手だな。うまく伝えることはできていない。まだ、これ以上の言葉が思いつかない自分が情けない」
その言葉を聞いて、少しずつわかってきた。もしかして……
「先ほどの言葉がすべてなんだ。私には翠蓮が必要だ。執務の相談相手としても……そして、私生活を支えてくれる女性としても……だから、これからもよろしく頼む」
私が欲しい言葉をすべて言ってくれる陛下のおかげで、心は別の感情に包まれて涙がこぼれる。
「す……翠蓮?」
陛下は驚いてこちらに駆け寄るが、私は「心配ありません。ただ、嬉しいのです」と言い続けた。なんとか、感情を整理して陛下に説明する。
「本当にもったいないお言葉です。私は故郷を追放されたときから、もう居場所がないと思っていました。後宮での生活が落ち着いて、少しずつ居場所ができ始めていたんですが、どこかで埋めることができない空白があったんです。でも……」
私は涙でぐちゃぐちゃになってしまった顔で必死に笑顔を作って、陛下に向ける。
「その空白もやっと埋めることができたと思います」
私は少しだけ陛下に抱き着いた。これ以上の関係にはまだ進めないと思う。でも、これが精いっぱいの勇気の結果だ。
私はまだまだ妃としては、不十分だけど、それでも公私ともに陛下を助けていきたい。私たちの夫婦生活はまだ始まったばかりだ。