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―美蘭視点―
あーあ、砂漠の女帝はやっぱり食えないなぁ。
見事にかわされてしまったわ。
せっかく、九嬪の昭儀が空いていたから、ここに収まったのに。無駄になりそう。
でも、後宮に潜り込めたからそれはそれでいいわね。あわよくば、寵妃の地位について、皇帝を傀儡にしてもいいなと思っていたけど、さすがに難しそうね。
四妃筆頭の梅蘭と砂漠の女帝ががっちりと脇を固めていて近づくことすら難しい。
でも、こんなことであきらめるわけにはいかない。
私はこの国をすべて破壊するためにここにいるんだから。
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今日は少し蒸し暑い。
夕食を食べて、日課の翻訳作業を終えて寝ようとしていたところで、大長秋様がやってきた。
「こんな夜分に失礼いたします」
大長秋様は神妙な面持ちをしていた。
「いかがなされたのですか」
明らかに慌てている様子を見て、何かが起きたのだと直感でわかる。
「事件が発生しました。翠蓮様にもご協力をお願いしたいと……」
「わかりました。すぐに着替えますので、お待ちください」
※
私は大長秋様たちに連れられて、陛下の執務室に向かった。
まさか、この夜に仕事の話? それはないはずだ。明日の朝に呼び出されている。
執務室の前には困った表情になっていた陛下がいた。
「すまないな、翠蓮」
「どうしたんですか、陛下。こんな夜に」
「まずは見てもらったほうがいいだろう」
陛下は部屋の扉を開けた。
そこには、扉の奥には一人の宦官が倒れていた。床に敷いていたカーペットが血を吸って真っ赤に染まっている。どうやら、ナイフのようなもので刺されたようだ。だが、見たところ凶器は存在しない。部屋には、書類が並んでいるが、荒らされた様子はない。本棚にも目を通すが不審な様子はなかった。所狭しときちんと隙間なく本が並んでいた。
そして、部屋中に血の足跡が作られていた。
「どうして、陛下の執務室でこんなことが……」
これは大事件だ。陛下の執務室付近でこんな事件が起きること自体が、前代未聞。
そもそも陛下の身に危険が迫るような状況だ。
ここの防備はかなりしっかりしているはずなのに。何度も持ち物検査はあるし、執務室の前にも武装した宦官が常駐している。
「彼は……」
私が被害者の情報を聞こうとしたところ、陛下が答えてくれた。
「ああ、執務室を掃除してくれていた宦官だ。掃除は2人1組で行われていた。もちろん、しっかりと身体検査は行われていたし、宦官の警備もしっかりしていた」
「ここの掃除は、陛下の執務時間外の夜に行われるんだ。2人が部屋に入ってから長時間出てこなかったから、不審に思った警備が中に入ったところ、二人が倒れていたようだ」
「もうひとりは、医務室にいるんですか」
「ああ、どうやら気を失っていたようだ。中の灯りが突然消えて、相方の悲鳴が聞こえたから、あわてて彼のもとに駆け寄ったら後ろから何かを嗅がされて、意識を失ったと証言していている」
密室のはずの場所に、誰か侵入者がいたということ?
確かに窓はある。だが、窓は施錠されているし、割られた痕跡もない。
どうやっても侵入できるわけがない。いや、この前の事件のように、警備の宦官が犯人の可能性もある。
だが……
「あの事件から、警備の宦官も2人1組を厳命しているのです。警備の兵は、お互いに、掃除中は行動を共にしていたと証言しています」
つまり、警備が犯人という線は無くなった。もちろん、二人が共謀している可能性もあるけど、そうなればどこに凶器を隠しているのかの問題が解決できない。
陛下は困ったように続けた。
「そして、生き残ったほうの掃除係の宦官が証言しているのだ。別の男の声が聞こえたとな」
「別の男の声ですか?」
陛下は悲しそうに続けた。