「ああ、私を殺した兄を許さない。あいつの治世は、その宦官のように血塗られたものになる。私は絶対に兄を許さないとな」
「そんな……」
なんて、残酷なことを……陛下や大長秋様の沈痛な面持ちはこれが原因か。
こんなことが起きれば、すぐに後宮にうわさが広がる。そして、おそらくそれだけでとどまらないだろう。この不気味な足跡も怨霊の仕業じゃないかと錯覚してしまう。
国全体にうわさが広がれば、皇帝の非道な行いのために後宮に悪霊が出るということは民心に大きな動揺が起きる。地震や火山の噴火も皇帝の責任となる。まして、後続の怨念から、どこかで自然災害などが起きたとしたら、それこそ怨霊の仕業であり、天が皇帝の非道に怒っていると言われかねない。
そして、革命の口実に使われることだってある。
これは由々しき問題だ。
「緘口令はしているが、うわさは必ず漏れる」
陛下は、苦虫を嚙み潰したように苦痛の表情を浮かべた。
「すぐに、事態を解決しなくてはいけませんね」
私はできる限り早くこの問題を解決しようと決意した。
しかし……
「皇太后さま、落ち着いてください」
美しい女性が、顔面蒼白の嬉々とした表情でこちらに向かってきた。
目の焦点が定まっていない。こんな大事件が起きたのに、どうしてそんなにうれしそうに笑っているんだろう。
そして、陛下に詰め寄ってきた。慌てて宦官たちが動こうとしたが、陛下は「よい、下がれ」とそれを制した。
皇太后さまと思われる女性は陛下の服をつかんで揺さぶる。
「やはり、あの子が会いに来てくれたのね。聞いたわよ。ねぇ、あの子はどこ。早く私を連れて行って」
あまりにもムゴい状況だ。思わず泣きそうになる。宦官や女官たちの中には実際に泣いている人もいた。
「皇太后さま。あいつは死んだんです」
陛下がそう言うと、今度は怒りの表情に変わった。
「嘘よ。この人でなしが‼ あの子を返して。弟を殺してまで、帝位が欲しかったのか。あの子は、あなたを信じていたのに。あの子を返せ……あっ」
あまりに暴れたせいか、息苦しくなって皇太后さまは倒れこむ。宦官たちが慌てて、身体を支えて、彼女は苦しそうに医務室に運ばれていった。実の子供を失った悲しみの深さと陛下の孤独な状況が浮き彫りになった。
これはあまりにも悲しすぎる。
「見苦しい姿を見せたな。少しだけ席を外す」
陛下は、こちらをちらりと見た。
「ご一緒してもよろしいのですか」
私がそう聞くと「頼む」と短く了承される。
許せないと思った。いくらなんでも、この事件はむご過ぎる。
陛下の追い落としのために、弟君を使い、さらに病気療養中の皇太后さまにまで悪影響をもたらした。そして、国が大きく乱れる危険性を伴う最悪の状況だ。
梅蘭様を陛下が呼ばなかった理由もよくわかる。いくらなんでも、この状況を彼女にまで背負わせてしまうのは……
それも皇太后さまの怒りを彼女にまで向けさせてしまう可能性だってある。
これは許されない。絶対に、この事件を解決する。