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陛下の寝室で、私たちは座り込む。まさか、こんな状況で初めて寝室に来ることになるとは思わなかった。妃としてこれはどうなんだろうかと変な疑問が浮かんだが、いつも話し込んでいる執務室が使えない状況では、ここでしか密談はできないのだろう。
「皇太后さまは、いつもあんな感じなんですか」
私の問いに陛下はうなずいて答えた。
「弟が死んでから、ずっとああなっている。もともとは、理知的で教養ある女性だったのに、あんなに変わってしまったというのはやはりショックだったよ。今では信頼できる宦官や女官たちとしか話そうとしないんだ。日によって症状が軽いときや重いときもあるらしい。今日はかなり調子が悪かったんだろう。そんな状況で、こんな事件が起きてしまった」
陛下は必死に皇太后さまを擁護しているように見えた。それほど、大事な家族だったのだろう。陛下の母君は、早く亡くなったと聞く。皇太后さまは、陛下の母親代わりを務めていて、弟君が亡くなるまでは、関係も良好だったらしい
それなのに、不幸の連鎖で、あんな罵倒を受けなくてはいけなくなった陛下の心が心配だった。
「大丈夫ですか」
私は憔悴した陛下のことを心配する。
「すまないな。情けない姿を見せた」
それは違う。情けなくなんかなかった。陛下は、自分の決断のすべてに責任を一身に背負っていた。それが情けないなんて思わない。言い訳だってしてもいいはずなのに、その様子すら見せなかった。
立派だった。これが皇帝という人間の生き方だと思った。
「そんなことないですよ」
そういうことしかできなかったけど、梅蘭様のことも守っていた彼のことを考えたら、誰が責めることができるだろうか。こんな責任感が強い陛下だからこそ、梅蘭様は慕っているのだろう。よくわかる。
「翠蓮にでもわかってもらえれば、私は嬉しいよ」
そう言って力なく笑う。これが陛下の本質だと思った。
真面目過ぎて、自分が傷つくことすらいとわない。
「梅蘭様もわかってくれていますよ」
私だけがわかっている感を出すのはずるいと思ったから、そう言ってしまう。
陛下は苦笑した。
「もちろん、それはわかっているよ」
少なくとも陛下はひとりじゃない。それだけは分かってほしかった。
だから、その反応に安心する自分がいる。
「ですが、このままでは非常にまずい状況になりますね」
「そうだな。このうわさが広まれば、間違いなく私の立場が不利になる。おそらく、保守派層の陰謀だろうが、誰が首謀者かもわからない状況では、そちらを抑えるという対策をとることはできない」
「そうですね。私たちは、問題が起きたときに対処することしかできない。このままでは、守りに入ることしかできない」
「そうだ。そちらへの対策も早急に考えなくてはいけない。だが、それよりも目の前の今回の事件の真相を調べなければならない」
今回の事件の真相が闇のままでは、憶測が憶測を呼ぶ可能性が高い。
そうなれば収拾がつかない。収拾をつけるためにも、今回の事件の真相を早期に見極めて、事態を公にするしかない。
これは陛下からのお願いなのだ。協力してほしいと。
もちろん協力はする。一番の課題は怨霊を否定すること。そのためには、あの部屋の謎を解き明かさなければいけない。特に、凶器はどこに消えたのかを。
私は今回の件が、怨霊のせいだとは思っていない。なぜなら、陛下の弟君のことをいろいろな人から聞くに当たって、陛下のことを恨む人ではないとわかっているから。陛下も信頼していた彼のことを知れば知るほど、陛下のことを恨むような人ではないと思ってしまう。
だからこそ、今回の件で彼を利用したことは許せるわけがない。陛下だって、梅蘭様だって、そして、病気の皇太后さまだってあんなに苦しめられているのだから。
いくら政治のためとはいっても、利用してはいけないものだってある。それは純粋な人間の思いだ。それまで政治に利用してしまえば、どんな暴政だって許されてしまう。倫理を超えてしまった政治は、常に暴走の危険性をはらんでいる。
陛下を追い込んで、失脚させたとしても、そのような邪知暴虐な人間が政権を握れば、後の災いになる。そして、陛下の理想としていた世界が後退することを意味する。そんなことは絶対に許してはいけない。
「私が必ずこの事件の真相を導いてみせます」
今回はもう一刻の猶予もない。