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第82話


「やはり、意識を取り戻していたんですね」

 私は武装した宦官を一歩下がらせて、掃除係をにらみつけた。


「どういうことですか。私は何もしておりません」

 そう言い訳している掃除係に対して、一緒に来てくれた大長秋様が目くばせをして護衛に掃除係を拘束してくれた。


「なにをするんですか。まるで、私が罪人じゃ……」

 そう言い訳をする犯人に向かって、私は告げた。


「全部わかっているんですよ。無駄な抵抗はやめてください。先ほどの茶番も、あなたが悪霊に取りつかれているなどと下手な演技をするのを予防したものです。もう、言い訳なんてできません。あなたが、陛下の信用失墜を狙って、同僚を殺し、怨霊事件をでっち上げたのはわかっているんですよ」

 犯人の表情は一瞬、固まって、笑い出した。


「そんなわけがない。私は本当に怨霊と会ったのです」

 やはり、白を切るか。ここまでは想定通り。私は無視して進める。


「初めにあなたが怪しいと思ったのは、足跡のせいです」

 私が議論を進めると、犯人は少しムッとしていた。


「足跡? そんなもののせいで、私は疑われているんですか⁉」


「そんなもの? それが命取りでしたね。あなたは、あの足跡をどうやってつけたんですか」


「知りませんよ。暗かったんだから。突然明かりが消えて、あいつの悲鳴が聞こえて、なにか冷たい液体を踏んだので、怖くなって周囲を歩き回って、あいつが倒れているところまで偶然たどり着いて、身体を抱き起したんだから」

 やっぱり、ミスを犯したわね。


「じゃあ、やっぱり歩き回ったときは、明かりを失っていたんですね」


「そうだよ。だから、部屋中を歩き回って、足跡がついたんだろ」

 切羽詰まったように早口でまくし立ててくる。


「そうなんですね。じゃあ、とてもすごいのね、あなたは……」

 私は冷笑して、犯人に最大級の刃を突きつけた。


「なんだよ⁉」


「だって、そうでしょう。あの暗い部屋で、あんなに歩き回っても、一度も床に積みあがっていた本や書類の束に足をぶつけすらしなかったんだもん。まるで、すべて見えていたようじゃない」

 私が証拠を突きつけると、犯人は絶句していた。

 かろうじてしぼりだしたのは「偶然だよ。偶然だよ」という消え入りそうな声だ。


「そうですか。でも、普通はあり得ないですよね。だいたい、部屋を一周する必要がないじゃないですか。明かりがついているときに、被害者がいた場所はわかっていたのだから、部屋中に足跡がつくのはおかしい。ただ、戻ればいいんです。入口の付近にね」

 そう、すべてが不自然だった。あの異様に血だらけになった部屋。まるで、あそこまで不気味だとまるで怨霊がいるかのように錯覚してしまうほどに。それも狙いだったのだろう。だが、それが命取りとなった。


「違う。じゃあ、凶器はどこに行ったんだ? それがないなら、すべては怨霊の仕業‼」

 そうね。逆にそこを説明できれば、もうこの人には逃げ道は無くなる。


「それも検討がついています。あの部屋の陛下の本棚はいっぱいでした。でも、それがおかしいんですよ」

 犯人の宦官は口を開けてポカンとしていた。

 そうそれが普通の反応。


「なぜなら、あの部屋にあった本の数冊を私が借りているのですから。陛下は資料となる本は仕事が終わるまでは机の近くに置いていると言っていました。だから、本棚には数冊分の空きがあるはずなんです」


「そ、それは……翠蓮様が知らない間に、陛下が本を入手しただけでは?」

 さきほどまでは強気だった罪人が急に弱気の口調に変化していた。

 私は勝利を確信する。


「その可能性もあるので、すべての本を調査しました。事件が起きたとき、現場を保存するのが調査の基本らしいですね。だから、あなたはそれを利用した。少なくとも、本の調査はどんなに早くても明日の朝からだろうと予想していた。だから、消える凶器を本棚に隠したんですね」

 犯人の顔からは冷や汗が止まらなくなっている。


「今日みたいに暑い日は、もう少し発見が遅ければ全部なくなっていたはずでしたよ。これが凶器です」

 私は一冊の分厚い本を差し出す。その本を開くと、中は繰りぬかれており、何かを包んでいる布が隠されていた。布を開くと、鋭利な氷が出てきた。


「つい最近、美蘭様という新しい妃が後宮にやってきましたね。彼女は実家から名産の氷を持参していた。あなたは何かの伝手を使って、そちらを入手して、このように鋭利な凶器に加工した。これなら血が付着しても、服でふけば痕跡は残らないですし、言い訳もしやすい。倒れている同僚を抱きかかえたときに、服に血が付着してしまったとね。そして、血をふき取った後は、持参したこの本の中に入れて、明日の朝までに溶かしてしまえばいい。残るのは本と濡れた布だけ。それだけなら、誰が置いたかもあいまいにできる」

 犯人は何も言えずに、力なく下を向く。相手の心が少しずつ音もなく折れていく様子が分かった。


「それなら、俺以外にもできるはず」

 これが最後ね。私はすべての希望を打ち崩しに行く。


「いえ、できません。どうしても、血の付着は避けられませんからね。この後宮内で、今夜、服に血を付着させていたのはあなたと部屋を調査した宦官だけです。だからこそ、あなた以外にはこんなことはできないんですよ」


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