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「さすがは、砂漠の女帝だな。よくわかったな」
犯人は狂ったように笑いだした。やはり、彼が犯人で間違いないか。
「どうして、こんな残酷なことができるんですか⁉」
私は犯人に問いただす。前回の女暗殺者の件もあるから、できる限り距離を離れておいた。
「……すべてが憎かった」
犯人はボソッとつぶやく。そこには深い恨みや後悔のようなものがにじみ出ていた。
「だからって、こんな人の尊厳を踏みにじるようなことをしなくても」
私がそう言いかけると、犯人は激高する。
激高した犯人は護衛の屈強な宦官によって完全に取り押さえられて、床に転がされた。これで襲い掛かられる心配は無くなった。
「わからないだろうな。あんたみたいに恵まれた人間に、宦官にまで落とされた俺の気持ちなんて。生きるにはこれしかなかった底辺の人間の末路なんてな」
その様子を見て、何も言えなくなりそうになる。
「俺はな、裕福な家庭で生まれた。将来は科挙に合格することが夢だった。だが、戦争が終わったことで、景気は悪化して、実家は転落。すべて、あの皇帝のせいさ。あいつがいなければ、弟が死ぬことも、妹が身売りされることもなかった」
犯人は、目の焦点も合わずに、強い言葉でこちらをののしる。そこにいたのは、何事もなければ、裕福な家庭の家長として、幸せな人生を送るはずの男の姿だったのだろう。だからこそ、怒りは本物で、陛下に対する恨みは深くなっている。
「平和だ⁉ たしかに御託は素晴らしいよ。でも、お前たちみたいな人間は、実際の痛みは伴わない。戦争によって生かされている家族だっていたんだ。それもわからずに、ただ一方的に理想を押し付けるな」
それも一つの考えだとはわかっている。でも、彼らの繁栄の下には、無数の家族の犠牲があったという重い事実も否定はできない。政治に百点満点の答えなど存在しない。どこかで絶対に切り捨てなくてはいけない部分が生まれてしまう。いや、今は前を向くしかない。
「今回の事件、あなた一人で準備ができるはずがない。誰が後ろにいるの?」
おそらく、保守派層の誰かの差し金だろう。この目の前の宦官は、もしかしたら憎悪を無理やり植え付けられた被害者の一面があるのかもしれない。
犯人は答えずに、ガリっと何かを砕いた音がした。
異変に気付いた護衛が犯人の口を押さえていたが、無駄だった。
苦しみ、泡を吹いて動かなくなってしまった。
「どうやら、歯に毒の薬を仕込んでいたようです。自決用ですね」
後宮に救う闇はどこまでも深いものだと、私には痛感させられる。
でも、私はそれを否定しなくてはいけない。そうしなければ、死にたくもないのに戦争で理不尽に命を奪われた者たちが報われないから。