私は陛下に事のあらましを伝えた。
あえて、隠すことはないと判断して、すべてを話す。それが陛下にとっては、つらいことだとしても、私はすべてを話す義務があると思った。そして、陛下には彼の話を知る権利がある。知る義務もある。それがこの国の頂点にいる皇帝としての立場だ。
陛下は、沈痛な面持ちの後に、ため息をついた。
やはり、苦しそうにしていた。
でも、短く「ありがとう」と言ってくれる。ここに彼の度量が出ていると思った。陛下は陰謀に巻き込まれたのに、どこか陰謀者に同情しているように見える。彼は責任を感じているようだった。本当に、責任感が強い人だ。このままでは、いつか心が擦り切れてしまうのではないかと不安になるし、心配でもある。
「大丈夫ですか」
彼はどこか力なく話を聞いていた。それが心配だった。こんなに弱弱しい彼を見たことはなかった。でも、私は信じていた。陛下は必ず立ち上がることができると。
「問題ない。翠蓮、よくやってくれたな」
陛下の感謝の言葉は嬉しかった。でも、それ以上に心配してしまう。陛下の本質は繊細だ。自分の未来が、何人もの犠牲の上に成り立っていることは理解している。でも、ここまで直接、彼にそれが届くというのは珍しいだろう。それだけに、心の傷は大きくなる。信じているのに、やはり愛している人間が落ち込む姿は、こちらまで心をざわつかせる。
「ありがとうございます」
何とか絞り出した言葉がそれだった。自分でも情けないくらい弱々しい声が漏れた。もっと気の利いた言葉をかけてあげたいはずなのに、うまく出てこない。どうして自分は肝心な時にうまく話せないのだろうか。
「心配は嬉しい。だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。私はすべての人間を幸せにできるわけがないということは分かっている。切り捨てざるを得ない人間というのも政治の宿命だ。たとえ、それがどんなに残酷な運命だとしてもな」
私は陛下の言葉にゆっくりと頷いた。彼の声を聴いてやっと自分が言いたいことを思い出せたように感じた。
「そうです。私も共に進みます。そして、あなたが背負う因果を少しでも担わせてください」
やっと言うことができた。私などでは陛下の重荷を背負うことはできないかもしれない。それでも、それだからこそ、彼の役に立ちたい。
「よいのか?」
陛下も一瞬驚いたように目を丸くして、こちらに問いかける。その慎重な姿を見て、陛下も人間だと気づかされた。私は陛下に対して、ずっと強い人だと思っていたのに。いや、そう思おうとしていただけなのかもしれない。私以外にも臣下の多くは陛下を神格化させ過ぎているようにも思える。
だからこそ、私は人間としての陛下を支えていきたいと思うんだ。やっと、わかってきた。随分と回り道をしてきた。どうして、言葉にできなかったのか。それは、陛下は私の助けなんていらないと心の中でそう決めつけてきたことが原因だったのかもしれない。
「もちろんです。陛下の頼みに閉じる戸を私は持っていません」
「ありがとう。翠蓮がついてきてくれるのなら、私は数千人の味方を得たようなものだ。今回の犠牲だって無駄にするわけにはいかない。停滞や逆行は、いままでの犠牲者の尊厳を踏みにじることになる。私は止まることを許されないのだからな」
私の前では立ち止まってもいい。一度二人で立ち止まって、次の方向を考えてもいい。その優しい言葉が、喉元まで出かかったが、私は飲み込む。
この優しさは、私が彼によく見られたいだけのための言葉だから、陛下の深い覚悟を否定することになるのだから。そして、弟君の死や覚悟も否定することになる。陛下の生き方は絶対に否定したくない。否定することなんてできないほど、彼はこの生き方によって犠牲を払っている。
他の人間が簡単に立ち入ってはいけない。私は一緒に進むことしか許されない。たとえ、そこが地獄の底に向かう道だったとしても。
ならば、せめて陛下の痛みを分かち合うべきだと思った。彼の心が傷ついて壊れる前に、少しでも彼を癒せるように。地獄でも陛下と一緒なら大丈夫。
力が欲しい。知恵が欲しい。彼を助けることができるようになるためには、必要なものはすべてが欲しい。
でも、急速に社会を変えることはできない。この巨大な国家という組織を無理やり変革してしまうなら、すぐに空中分解してしまうだろう。だから、私はゆっくりとそれでも着実に陛下と前に進まなくてはいけない。
今回の件で早期に事態を解決できたことは、よかった。
でも、火種は間違いなく生まれてしまった。陛下は今回の件を隠すつもりはないようだが、敵は今回の件を利用してくるだろう。ここからは、本格的な権力争いが始まる。
私は、陛下とともに後宮での権力争いで生き残らなければいけない。
この権力闘争には甘えなんてものは一切通用しないのだから。負けたほうはすなわち、すべてを奪われる。