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第85話

 ※


―美蘭視点―


「そう、あの宦官は死んだのね」

 私の問いに連れてきた侍女は確信を持っているようだ。力強く頷いてくれる。まあ、想定通り。うまく結果を残してくれたから、こちらとしては大満足ね。おかげで、計画は次の段階に移すことができる。


「よかったわ。自殺が失敗したら、直接手を下さないといけなくなるからね。死んでもらったほうが楽だわ。計画も問題なしね」

 そう、下手に生き残ってもらったほうが困っていた。だって、救出するなんて無理で、口を割らないようにしなくちゃいけないから大変なのよね。どうやって牢獄にいるあの人を暗殺するのか。その計画も作らなくちゃいけなくなる。


「ですが、氷の件はいかがいたしますか?」

 ああ、そこね。問題はない。私がそちらから責任を取らなくちゃいけなくなるなんて想像していないとでも思う。少なくとも、氷が盗まれた件について、私本人には責任は追及されないようになっている。


「氷はこちらの不手際で盗まれたということにしておけばいい。多少は、非難されるかもしれないけど、これが凶器として使われるなんて思わないし、そもそも後宮の警備体制にも問題があるのだから、私たちを強く追及はできない。それに氷は毎年、わが領土から陛下に送っていた物よ。悪用されたのは今回が初めてだから、注意しようがない」

 仮に、事件の真相がバレたとしても、こちらの逃げ道はたくさん確保している。

 今回の事件は、陛下の信用を大きく失墜できる。危険度を比較検討しても、どちらに傾くかは明白。


 この計画が露呈したとしても、勝機は私にある。


 そして、今回は事実上の私の勝ちよ。


 でも、さすがは砂漠の女帝ね。まさか、ここまで早く真相に気づくとは。もう少し時間がかかれば、噂が噂を生むはずだったのに。ここは女の園だからね。後宮ほど噂が生まれる場所はないのに。そうすれば、噂が熟成されてますますこちらが有利になっていたはず。


 ここで犯人がわからなければ、あの宦官が次は陛下を直接狙ってもよかったのに、それだけは惜しかったわね。こちらも手駒を一つ失ったわけだし。でも、向こうは大きなものを失っている。こちらは、使い捨て程度にしか考えていなかった元没落商人の息子を失っただけ。


 無名な宦官の命と陛下の信用。こちらが大きく利を稼いでいる。そう計算できて、私は笑いが止まらなくなった。


 そして、翠蓮の顔がちらついて笑いが止まってしまう。やっぱり、注意するべきは、あの女。


「翠蓮には気を付けないといけないわね」

 今回の計画を立てたのは、私。

 でも、あの女は私の渾身の計画をすぐに把握して、潰してしまった。

 まさか、こんなに簡単にバレるとは思っていなかったから、少しは屈辱かもしれないわね。そう思うとさっきの楽しい気持ちが屈辱に変わっていった。


「ねぇ、次はどうやって遊ぼうかしら。でも、すでにこちらは王手をかけているのよ。すぐに決着がついてしまったらおもしろくないもの。いっぱい、暴れて欲しいわ。次のお相手が楽しみよ」

 私は満月を見上げる。まるで、私たちのことを祝福しているように見える。一切の欠けもなく美しく輝いている。


「美蘭様、あまりお戯れは……」

 女官が心配していた。この女は私が翠蓮に負けると思っているの?

 そう考えると屈辱感が少しずつ強まってしまう。まったく、


「大丈夫よ。だって、こちらが圧倒的に有利だもん。それよりも早くうわさを流してね」

 さあ、次はどうするのかしらね。砂漠の女帝様は?

 あの女を叩き潰すことを楽しみにしながら、私は目を閉じた。


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