「そうね。氷を後宮に持ち込んだ美蘭が怪しいと思う。でも、彼女は頭がいい。だから、証拠は残さない。それに、彼女はあくまでも後宮で動くための頭に過ぎない。彼女と親を失脚に追い込んだとしても、本当の黒幕には逃げられてしまう」
自分でも彼を信用していることがよくわかる。黒幕がいるというのは、あくまでも私の推測。美蘭がすべての黒幕というのはどうしても納得できなかった。なぜなら、彼女にとって利益が少なすぎるから。普通に考えれば、妃となったのだから、国母を目指したほうがいい。にもかかわらず、彼女は陛下の排除を狙っていると思われる。それはつまり、自分が国母以上の存在になれるというなにか利益があるということだ。
でも、彼女の実家が新しい王朝を作るというのは、めんどうだ。
なら、皇帝の親族である外戚として操ったほうが楽だし、すでにそれができうる立場に娘がいるにもかかわらず、彼女の実家もそれを狙っていない。
皇族に娘を嫁がせるほど、政権に根差した家が、今の枠組みを壊すというのは正直に言えば考えられない。リスクを取るにしても、どちらかといえば、この政権の枠組みで権力闘争を行い、政権の幹部になったほうがいいのに……
あえて、それを破壊する動きに打って出た。皇位継承権の問題もある。陛下を排除しても、それを継げる人間が見当たらない。だから、今動くのは早すぎる。せめて、娘に男子が授かるまで待つべきだ。でも、彼女の実家はそれすら狙っていない。
どういうことか。私は分からなくなった。
「ほう……ちなみに、聞くが、僕が黒幕という可能性はないのかな。大丈夫かい、そんな大事なことを話してしまって」
司馬は少しおどけた様子で、そう言った。
私も笑う。
「ありえないわ。あなた、歴史以外に興味があるの?」
間違いなく正解の答えだったのだろう。彼は噴き出して、大笑いを始める。
「それはそうだ。そんな陰謀の黒幕になったら、歴史の本を読む時間が無くなってしまう。僕の主義に反する」
彼はとても納得したように何度も頭を揺らす。
「でしょ」
私もうれしくなってそう言った。
「違いない。だけど、翠蓮……注意しろよ」
彼は先ほどまでとは打って変わって、まじめな口調になった。
「そうね……」
「美蘭という女は一筋縄ではいかない。それに黒幕がいるのであれば、そっちの動きもなんか変だ。新しい王朝を作るにしても、黒幕は手を汚しすぎている。それでは、民衆の指示はおぼつかない」
そう言って、彼は珍しくまじめな顔になった。私も気を引き締める。
これから起こるだろう戦いを予想して。
彼はつづけた。
「中華王朝において、民衆の支持というのは重要なんだ。たとえ、一度は反乱に成功したとしても、民衆の支持がない反乱は不安定で、自分から崩れてしまう」
その言葉を私は深く胸に刻み付けた。