※
―美蘭視点―
「ふん、食えない女ね」
砂漠の女帝とはよく言ったものだ。お互いに敵対していることを理解しながら、談笑する。相手がミスをしないか、期待しながら。
でも、私たちは友人関係を演じきって見せた。さすがね。
あなたと私は同類。ただ、所属している陣営が違うだけ。
「美蘭様、今日はなぜ守りに回ったんですか」
侍女がそう聞いてくる。この子は付き合いが長い。でも、翠蓮とは違って、あの会話の主導権をわざと渡したことには気づいていないようだ。
「前回、こちらが攻めに回ったからね。翠蓮相手に攻めるのは危険性が高いと判断したのよ。彼女は、あえて境界線を引いて、それよりも内側には私を入らせないようにしているんだもん。無理やり入ろうとしてしまえば、怪しまれるでしょう。それに、彼女の守りは完ぺき。罠ばかり仕掛けている。だから、完全防備が整っている彼女に対しては、一歩引いてみたわけよ」
あの百点満点の返しは、この前のお返し。お互いに、攻め手を欠いているという共通認識を持つためのね。さすがは、翠蓮。私の本質にはすでに気づいているし、今回の事件の黒幕が私じゃないかとも疑っている。だからこそ、あえて追及するように動いた。
もちろん、それは予想通りだから、こちらも完ぺきにしのぎ切った。そして、翠蓮がこちらを疑っているという確証を得ることができた。さすがの砂漠の女帝も、攻めることができる機会を見逃すわけがない。たとえ、こちらが攻め手の狙いに気づくリスクがあったとしても……
これでお互いに痛み分け。現状は互角の戦いね。いや、こちらが少し有利か。
翠蓮たちにとっては、私たちへの攻め手に欠いている状況。でも、私たちは皇帝の評判に大きな傷をつけることができたし、それに次の一手も私たちの任意なタイミングで繰り出すことができる。
この戦いは、こちらが一方的に攻め続ける展開に持ち込めるのよ。そして、追い詰められた向こう側が破れかぶれの反撃に出てきたら、きっちりと倒し切ればいい。もう、王手はかかっている。あとは、どこで向こうの精魂が尽きるのか。それを待つだけね。
さあ、もっと遊びましょう。私はいくつもの駒を持っているのよ。たとえ、どんなに駒を失ったとしても、皇帝を討ち取ってしまえば、私たちの勝ち。こちらの傀儡となる者を代わりの皇帝として、また私たちが国の決定権を握る。
それは運命で、もうだれにも止めることができない。
残念ね。皇帝と翠蓮が協力すれば、最高の名君が生まれるはずなのに。
人間の欲は最高の名君なんて求めていない。欲はそれを満たす大きな沼しか求めていない。清廉潔白な君主なんて、意味はない。あなたたちの理想は、いつか現実に滅ぼされる。
それが今なのよ。私が終わらせてやる。あなたたちの理想をね。
そのためには、どんな犠牲を払っても構わない‼
「さあ、あの女暗殺者を呼んで。あえて、女官にまぎれて、後宮に待機させていたんだから。そろそろ、こちらも動くためにね」
私の切り札の一つ。彼女は金でどんな汚い仕事でも受けてくれる。私たちに唯一欠けている暴力装置。