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第90話


 私は翌日にまた陛下と朝食を共にした。

 昨日の美蘭との接触についても端的に話す。陛下は何度も頷いていた。


「そうか、またあいつが翠蓮に接触したか」

 陛下は顎を抑えて考えはじめた。

 そして、しばらくしてから口を開いた。


「やはり、痛み分けに終わったことは向こうでも不本意ではあったのだろう。だから、様子を見に来たともいえる。もう少し騒動を長引かせて、こちらに致命傷を与えるはずが、早期解決されてしまいそれは叶わなかった」

 たしかに、向こうからすればそう何度も動きたくはないだろう。

 だから、今回の事件で勝負を決めるつもりだったのに、それができなかったという側面もあるのか。陛下に言われてから、気づいた。向こうにもダメージを与えることができたんだなと。


「しかし、戦局としては、向こうが有利です。こちらは反撃の糸口をつかめていませんし、向こうは自由に攻撃ができてしまう。これでは、こちらは対処療法的に守ることしかできない」

 やはり、どうしてもこちらが守勢に回っているのだ。守っているほうが戦いでは有利とはいえ、どこから攻撃が来るかもわからないままでは、常に緊張を維持しなければいけなくなり、消耗が激しい。


「うむ。美蘭の実家は有力貴族だ。仮に、無理やり捜査をしようものなら、反乱を誘発しかねない。そして、その反乱がおきたとき、あの事件で傷ついた皇帝の名声は、向こうにとっては追い風になってしまう」


「それが向こうの狙いなのでしょう。自分たちの立場を考えての戦略ともいえますが」


「ああ、それについては完ぺきだ。それに、仮に美蘭を追い詰めることができたとしても、まだ後ろに大物がいる可能性も高い。そちらに逃げられてしまえば、今後もこのようなことが起きるだろう」

 つまり強引に美蘭を潰しても、解決策にはならないということだ。やはり、相当な計算によってこの陰謀が作られていることがわかる。


 つまり、決定的な証拠がなければ、こちらから攻撃を仕掛けることはできない。


 相手はこちらを完全に潰すつもりだ。やるか、やられるかの勝負ということだろう。だからこそ、ここまで完ぺきに近いくらい負けにくい状況を作り出したということ。


 敗者はすべてを失うのだから、賭博のように運に身を任せるのではなく、すべてにおいて完ぺきを目指しているのだろう。


「それにしても、翠蓮をここまで追い詰める女子がいるとはな。少し興味がある」

 陛下は冗談のつもりでそう言った。私はジトリとした目をして、すぐにごまかした。

「冗談だ。そんな怖い顔をするな」

 陛下は慌てて、困ったように笑う。


「陛下もできる限り注意をしてください。こんなお近くで陰謀が起こっているのですから、どんなに注意しても足りないくらいです」

 陛下は、すなおに頷いてくれた。


「それはわかっている。翠蓮のほうも注意するように。お主は、いつもなにかしらのやっかいごとに巻き込まれる習性があるのだから。まあ、巻き込んでいる私が言うのもずるいかもしれないが」

 その言葉に私はふふっと笑って、そしてお返しをする。


「ご心配をしてくださるのですか?」

 冷徹な工程と恐れられている陛下が、いつの間にかいつも朗らかに笑っている。こんな光景、ここに嫁いできたときは夢にも思わなかった。


「心配していないと思っていたのか。そう思わなければ、暗殺者から翠蓮を助けようなどとは思わないさ」

 そう言ってもらえて、素直に嬉しかった。そして、あの日の夜のことを思い出して、また胸が高鳴る。自分が恋愛においてはどんなに初心なのか、よくわかったような気がする。


「あの件は……」

 私が言いよどんでいると、陛下は笑う。


「気にするな。他意はない。それよりも、翠蓮。今日は後宮に商人たちがやってきていると聞く。どうだ、少し一緒に見ないか」


「陛下が直接行くのですか?」


「なに、きちんと護衛は立てる。それに、私は別の場所で商品だけを確認するのだ。商人はさすがに皇帝と直接面会はできないからな。私が気に入ったものがあれば、そこで選んで購入し、後ほど支払いを行う」

 それで少し安心した。たしかに、警備が厳しい後宮で女性商人しか入れないとはいえ、どこに暗殺者がいるかはわからない。すでに、陛下の眼前に来るまでに、念入りに商品は確認されるだろうし、安全なはずだ。


 そして、あることに気づく。

 これは、陛下とともに買い物をするということではないかと。まさか、こんな町娘のようなことができるとは思わなかった。


「なに、梅蘭の件と前回の陰謀も解決してくれたのだ。こちらから、翠蓮に報いなければならないだろう。何か欲しいものがあったら好きに言ってくれ。借りは返さなければ、気になってしまう性分なのだから。気にすることはない。本来なら宝玉などを渡すべきかもしれないが、翠蓮は興味がないだろう」

 陛下は、私のことをよく理解してくれていた。


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