雷梧は冗談を言われたのかと思い、周囲を見渡す。
厳荘が、微笑みながら言った。
「良かったじゃないか、お受けしなさい」
とりあえず、雷梧は頷いた。
実際は、頭の中が真っ白だった。話が早すぎて、飲み込めない。
下がってよいと言われて、我に返った。
雷梧はしどろもどろに礼を言い、剣を拝領して退室した。
「その歳で将軍か。大出世じゃないか」
かすれた声で、時仁夏は笑った。
射られた上官は、なんとか一命を取り留めていたのだ。しかし、首の包帯からは血が滲んでいる。
「雷梧。お前は見込みがある。学ぶべき事はたくさんあるが、きっと良い武将になれるだろう」
時仁夏が言った。笑っているが、顔色は悪い。三五歳の活発な武人だったのに、今は初老くらいに見える。
「でも、自信がありません。部下になる人は、皆年上ですし」
雷梧が素直に不安を告げると、時仁夏は、当たり前だと手を振った。
「部下の命を預かるんだ、いきなり自信など持てんさ。まあ、用兵の機微については、俺が時間の限り教えてやる」
心強い言葉だったが、時間の限りという言い方は重かった。
雷梧は、話題を変えようと思った。
「それよりも僕は、養子にしてくれた事が嬉しかったです。唐国随一の節度使が、父親になってくれるなんて」
――安禄山は、一人で三鎮(范陽、平廬、河東)の節度使を兼任していた。その兵力は全国の三分の一を占め、唐の軍事を大きく掌握している。
そんな名誉ある人の養子になれて、雷梧は本当に嬉しかった。
しかし、時仁夏は苦く笑っただけで、まあ養子はともかく、と話を打ち切ってしまう。
「そうだ、武芸も磨かねばならんな。お前、宇文平という男を知っているだろう」
「はい。あなたの副将ですね」