「仮とはいえ、親子の関係だからな。少しは父親らしいこともしてやりたい」
安禄山は優しく笑った。
確かに、雷梧も一度は都に行ってみたいと思っていた。仮父の配慮が、暖かく染みる。
「わしは行けぬが、この王金鹿と方翔を付かせる」
「はい。ありがとうございます」
雷梧は喜んで部屋に帰ると、行李に服を詰め、厩に行った。
黒い馬が、嬉しそうに前脚を上げる。
時仁夏から譲られた、例の黒馬である。
その闇鵬の、額だけにある白い毛を撫でる。
「都に行けるぞ。いろんな物があって、何日いても飽きないんだそうだ。お前にもきれいな鞍を買ってやるからな」
辺境の軍人は、軍営の近くで屯田をしながら生活する。だから雷梧は、田畑と草原しか見たことがなかった。
彼の想像する都は、広野の中に城がひとつあるくらいのものだったが、それでもとにかく嬉しい。
眠る時ふと、時仁夏の顔を思い出した。養子の話の時に見せた、奥歯に物の挟まったような顔。
しかし、安禄山の配慮は、本心からだろう。そう思うと、疑問も消えていった。
三日後、雷梧は長安へ向けて出発した。
のんびりした旅を予想していたのだが、王金鹿たちはなぜか道を急ぎ、昼夜を構わず馬を駆けさせる。雷梧はろくに寝食もとれぬまま、延々と六日間も走り続けた。
しかし、いよいよ長安に入ると、長旅の疲れなど消しとんでしまった。
柱や屋根にまで緻密な彫刻を施した建物。
極彩色の旗指物で人目を引いている商店。
行き交う人々も、活気に溢れて見える。
雷梧は、目に映るものを全て追った。
唐の国は、今が一番ともいわれる太平の世を送っている。