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第49話 グッズができました。

 段ボールが積み上がった部屋よりは幾分落ち着く林太郎の部屋。そしてダイニングテーブルには既に2人分の食事が置いてあった。ミネストローネ、スムージーにグリーンサラダまである。どうやらクラブサンドはこちらの部屋に連れてくる為の餌だったようだ。


「失礼します」

 私はダイニングの椅子に座る。

「なんか、わざとらしく急に敬語使うんだね」

 林太郎が向かいに座りながら私をじっと見つめてくる。


「為末社長とはお仕事上のお付き合いをしようと思いまして」

「友達としてはやめたの?」

「為末社長と友達になっている自分が思い浮かばないので、やめさせてください」

「そう、それは良かった」

 何が良かったのか分からないが林太郎はご機嫌になった。私は坦々麺の汁だけでは足りなくて今にもお腹が鳴りそうだ。


「いただきます!」

 手を合わせて、まずはスムージーを飲んでみる?

「あれ? 甘酒入ってます?」

キウイとヨーグルトのスムージーには甘酒の味がほんのりする。


「飲む点滴って言うでしょ。きらりの健康管理は最重要だからね」

にっこりと微笑まれ戸惑いつつも美味しく食事を頂いた。

「お気遣いありがとうございます」

「好きな子に気を使うのは当たり前でしょ」


 何にも手をつけず、じっと私を見つめてくる林太郎。

私は彼の言葉の意味をあまり深く捉えない事にした。

「好き」という言葉に過剰反応して自意識過剰呼ばわりされガッカリするのも嫌。どうして自分がガッカリしているのか追求するのはもっと嫌。そして、眼前の移り気で何を考えているか分からない男に振り回されるのは絶対に嫌。


 「ずっとタメ口だったのに、敬語で話すのは疲れない?」

 林太郎は私の葛藤をよそにクスクス楽しそうに笑っている。


 「疲れません。社会人7年もやってるんで、敬語の方が楽です」

 取引先の上司と思って仕舞えば、敬語の方が自然。

 もっとも、こんな若いイケメンの上司などいた試しがない。


「まあ、別に話し方なんてどうでも良いけどね」

林太郎は立ち上がったかと思うと、カバンから変身ステッキのようなものを出してきた。


「もしかして、グッズができたんですか?」

「そうだよー! 見てみて」

 林太郎の満面の笑顔。

 テーブルの上に広げられる可愛らしい4本の変身ステッキ。


「か、可愛い。これ、サイリウムなんだよね」

私は自分のカラーだと思う黄色を手に取った。

「きらりの分は販売数絞るから」

「えっと、私は売れないって事ですよね。今すぐにでも裏方に回った方が良いんじゃないですか?」

 私の言葉に林太郎がニヤリと笑う。


「きらりはプレミアって事。なかなか、手に入らない女だよね」

 誤魔化されているのか口説かれているのか分からない状況。

 私は戸惑いながらも、ミネストローネのスープをスプーンで掬って口元に持って行った。

「これも、美味しいです!」

 思わず出た言葉に林太郎がニヤリと笑う。

「こっちの方が美味しいよ。きらり」

 突然引き寄せられて受けたディープキスに放心としてしまう。

 友達関係、ビジネス関係でも許されないキス。


 私は思わず彼を押して抗議をしようとした。

 しかし、凄く幸せそうな顔で見つめられて何も言えなくなってしまう。


「ミネストローネ美味しかった。豆っていいね。栄養あるし⋯⋯」

 なんだか頭がぐちゃぐちゃする。


 目の前の男は私が大学生の時のチューボー。何も恐れる事はないはずなのに明らかに私は翻弄されていた。


「豆よりも良いもの教えてあげよっか。意外と世間知らずなお姉様」

 林太郎はまた楽しそうに笑うと私に口付けてきた。私は思わず彼を押し返す。こんなに頻繁に粘膜接触をする男にあったことがない。


「為末社長。この黄色いサイリウムが私のグッズって事ですよね。色々と突っ込みたいのですが、無料のイベントコンサートしか満席にできない『フルーティーズ』。グッズなど売れるのでしょうか?」


 私の言葉に林太郎はニヤリと笑った。

「コンサートに金を出す人間とグッズにお金を出す人間は完全にイコールじゃない。テレビの前でサイリウム振りたい子もいるんだよ。アイドルオタが臭い男ばかりだと思うなよ」

 私は自分の思想を見抜かれていたようでビビってしまった。中学生アイドルに熱狂する中高年の男たち。オタ芸を披露して、現実的な恋愛はうまくいかずアイドルに逃げている。そんなアイドルファン像は私の幻想らしい。



「他のアイドルファンですか?」

「アイドルファンは同性こそ強い。きらりは同性に好かれる! そして、きらりを応援したい子は金を使ってくれる!」

「えっと、なぜですか?」

「崖っぷちのアラサーが中学生に混じってアイドルしてるんだから、応援しなきゃ消えるだろ! きらりの頭の上には常にアラートマークが付いてるんだよ」

 私は林太郎の指摘になぜか心が沈んだ。アラサーで長く付き合った彼氏にボロ雑巾のように捨てられた自分。崖っぷちだと理解しているけれど、林太郎に言われるとショックだ。得意げな顔をしている彼は私の今落ち込んでいる感情には気がついていないだろう。


「アラートマーク、そうかもしれませんね」

頭の上に手をやった手を林太郎に掴まれる。

手首の裏にキスをされて動揺されてしまう。


「きらり、本当は余裕ないんじゃない? 俺は余裕ないよ。今すぐきらりを抱きたい」

 唐突な林太郎の物言いに私は再び固まった。


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