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第51話 衣装がズタズタ⋯⋯。


 ミュージックタイムの控え室。私たちは予想外の事態に見舞われていた。


「衣装がズタズタ⋯⋯」

 桃香が泣きそうな声で呟く。

 事前に運んでおいて貰って、ハンガーラックに掛けられていた衣装がこれみよがしにズタズタに引き裂かれている。おそらくカッターか何かで引き裂かれている。これみよがしに衣装がかかったままになっているのが如何にも見せしめ。


「梨子姉さんがせっかく作ってくれたのに」

「夜な夜なミシンで製作してくれたのに申し訳ないっす」

りんごと苺が私に頭を下げてくる。

悪いのは犯人であって彼女たちではない。



「私のことは気にしないで、それより本番まで30分しかない。どうしよう」

私たちは皆、運動しやすい格好にダウンを羽織った状態で来てしまった。このまま本番になってしまったら、アイドルのパフォーマンスというより元気な組体操。


カバンの中を開けると林太郎に今朝渡された変身ステッキ型サイリウムがある。

「何それ可愛いですね」

桃香が私の手元にある黄色いサイリウムを見て目を輝かせた。

「これ新しいグッズの試作品」

「変身ステッキだー! プリキュアみたい!」

桃香はサイリウムを持っている右手をクルクル回し出した。

何だかとても可愛く見える。


「みんなの分の色もあるよ。桃香がピンクで、苺が赤、りんごがオレンジで、私が黄色」

「うわー! テンション上がりますね」

 りんごがオレンジのサイリウムを振り出した。オタゲーのような振り方で面白い。

 苺がサイリウムを持つと、くるくると回し始める。

「苺? もしかして、バトントワリングやってた?」

「はい。少しですけど」

 少しという割にかなり極めているように見えるのは、彼女に筋があるからだろう。

「私もバトントワリングやってたんだ」

 私の言葉にりんごが反応する。

「マジですか? チアーリーディングにバトントワリングって梨子姉さん多才ですね」

 褒められて照れ臭くなった。近所でバトントワリング教室がやってたから少し習っていただけ。そして30年生きてきて全く役に立ったことはない。


「このサイリウム活かせないかな⋯⋯それと衣装だけど、運動着のままはまずい」

「確かに可愛くないっすよね」

苺が自分の着ている運動着をまじまじと見る。


「いや、スポーツブランドのマークが入っているからまずい気がする」

「成程、流石社会人、見る場所が違いますね」


 ロゴを覆い隠す、布でも良い。着替えなければ私たちはステージに立てない。


「コスプレでも良いから制服とかないか探してくる」

私が控え室を飛び出したところで、誰かにぶつかる。

「り? 為末社長?」

「きらり、どうした? そんな格好で、あと20分で本番だぞ


 林太郎が目の前に現れて、何もかも上手くいくような安心感。不思議な感情に乗せるがままに私は言葉を紡いだ。


「衣装がぐちゃぐちゃにされちゃってて。どうして良いのか分からなくて、衣装を探そうと思って」

 私は自分で口に出してみて無理な事を言っていると気がついた。特に知り合いもいないようなテレビ局。私はどうやって衣装を探そうと思ったのだろう。


「きらり、落ち着いて。俺の目を見て」

 私は言われるがままに林太郎の目を見つめる。本当に澄んでいて美しく吸い込まれそう。

「グッズのサイリウムは持ってきた。これを今から観客に配る。あとは衣装だよな。子供のマジックコンテストがあっちでやってたから借りてくる。きらり以外は小ぶりな子だから着られるだろう」

「マ、マジックコンテスト?」

 私は気が抜けたような声が漏れた。確かにブランドロゴバッチリの今の運動着では出られない。


「きらりは何を着ていても魅力的だよ。そのロゴが見えないように、そこのカーテンでも羽織るか?」

 私の胸のスポーツブランドのロゴを指差しながら、林太郎が笑う。このような時間のない時に余裕でいられる彼を頼もしく感じた。

「羽織る。ちょうど、黄色いカーテンで私のカラーだし! 私、今日はチアリーディングはしないよ。バトントワリングで魅せてやる」


 私は余裕の林太郎に負けないように笑うと、黄色いカーテンを羽織った。程なくして秘書がマジシャンが着るようなタキシードを三着持ってくる。


「うちらがこれを着れば良いんだよね」

唐突に脱ぎ出す桃香に私は慌てて林太郎の目を覆った。


「梨子姉さん、面白ろっ! うちらプロなんで、こんなんで恥ずかしがったりはしないっすよ」

 苺も大っぴらに目の前で着替え始めた。

私の手をとり林太郎が手のひらにキスして来る。


「な、なに?」

「俺が他の女を見るのが嫌だった?」

「そんなんじゃありません! まだ中学生の女の子たちがセクハラ親父の目に晒されるのが嫌だっただけです」

 慌てふためく私の腕を取り、今度は手首の裏にキスしてくる林太郎。

 私は周りの目が気になってしまうが、今は3人娘も着替えに夢中。


「子供扱いの後は、親父扱い? そうやって自分から遠ざけようとしていても、きらりが俺に惹かれ始めてるのはバレバレだから」

 真剣な眼差しで見つめられて私は言葉を失った。本番20分前集中しなければならないのに、私の頭はぐちゃぐちゃだ。


「着替え中だから出て行ってください。為末社長⋯⋯」

「カーテン羽織るだけで、着替え中? バトントワリング楽しみ。人生長いと色々経験してるんだね」

 なぜだか何気ない林太郎の言葉が胸につかえる。


「人生長いって悪かったわね」

 消え入りそうな声で呟いた私の囁きを林太郎は受け取ってもいない。こうやって彼は私をちょこちょこ傷つけては、助けて支えてくれて心を奪ってくんだろう。私は絶対に林太郎という面倒な男に惹かれないように気を付けようと決心した。





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