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第52話 もっと気持ち良いこと2人でする?

「それでは、『フルーティーズ』の皆さんお願いします」


 今日は特にトークもなく新曲紹介。

 マジシャンの格好をした3人娘に『ベジタブルズ』が釘付け。私は地味に落ち込んだ。衣装をズタズタにした犯人が同じものを志す『ベジタブルズ』でなければとどこかで願っていた。


「ここにいるみんなはライバルだからそんなもんです」

 りんごの囁きを聞いて私が一番現状を理解していなかったと反省。

「それでも、誰かを引き摺り下ろさなくても行ける上を目指したいっすよね」

苺が満面の笑みで伝えてくる言葉が心に沁みた。


 3人娘は、いつも通りチアリーリディングのパフォーマンスを繰り広げる。私はそんな中、バトントワリングを披露した。観客がみんな、まだグッズ販売していないサイリウムを振っている。会場の一体感を感じた。私がアドリブでラストに3人娘を変身させるような動作をすると、合わせたように3人娘がポーズをとる。会場は一体となり盛り上がった。



 ステージをはけようとした時に、ステージ裾で待つ林太郎と目があった。


「ありがとうございます。為末社長。すごく気持ちよかった!」

 笑顔で伝えると、なぜか林太郎は顔を赤めた。


「きらり、これからもっと気持ち良いこと2人でする?」

「しません。セクハラ発言やめてください」

 私の返答に林太郎が笑った。


 私たちが裾に引っ込むのとすれ違いに警官たちが画面には映らないスタジオの出口で待機しているのが見えた。


「えっ? 何事?」

 ミュージックタイムは生放送。予想外の事態に辺りはざわめき出す。

「『ベジタブルズ』が警察にしょっ引かれるな。同情票で少しは売れると思うよ『フルーティーズ』」

 楽しそうに笑っている林太郎が警察を呼んだのだろう。


「どうしてですか? まだ『ベジタブルズ』の子たちは未成年ですよ」

 衣装が破られた件で被害届を出したのだろう。

「未成年でも、犯罪未成年じゃないから。それから、この間、きらりが暴行受けた件も、立派な犯罪。ちゃんと俺に報告してよね。同じことをやったら、学校ではイジメで片付けられる年齢。芸能界ではどうなるだろうね」

 林太郎は酷く冷たい目をしていた。


「暴行って、あれは事故みたいなもので⋯⋯それに、生放送だから、この雰囲気は画面越しに伝わってしまうんじゃ⋯⋯」

 確かに頭を打って病院に運ばれた。私は事情を説明する時に、自分で滑ってぶつけたと伝えた。無意識に未成年である子たちは守らなければと責任感が働いた

 林太郎が観客たちがざわついているのを、してやったりの顔で見ている。


「めちゃくちゃ話題になるだろうね。今この時から」

「今この時から『ベジタブルズ』の子たちの将来がダメになるかもしれないんですよ」


 私たちの後にトークなしで歌い終わった『ベジタブルズ』の子たちが裾にはけてくる。警察の人たちが彼女たちに近付くと、不安そうに小松菜子が私の方を見つめきた。あれだけ私を侮辱したのに、暗に私に助けている彼女は甘い。私は彼女に助け舟を出す程お人好しではない。懸命に頑張っている『フルーティーズ』が危うく今日は出演に穴を空けるところだった。


「最終的にダメになるかは本人たち次第。自分らは気付いてないかもだけれど、とっくにあの子たちは詰んでる。飲酒、喫煙、枕営業って売春と同じだから。未成年だから大人の被害者ってだけで終わる? そんな訳ないでしょ」


 冷ややかだけれど林太郎の言う通りだ。しかし、このような見せしめようなやり方をする必要があったとは思えない。


「わざと、ですよね⋯⋯。確かに彼女たちは間違ったことをしたけれど、こんな風に目にみえる形で」


「画面に映らないようにはするんじゃない、一応未成年だし。年齢詐称してるメンバーはとっくに成人してるから名前出るかもね。ここの観客の一般人たちが今日の騒ぎは広めてくれそう」


 林太郎が目配せをした先にはスマホを掲げている観客がいた。乗り出してスタジオの裾で警察に事情を聞かれる『ベジタブルズ』メンバーを撮影している。


「怖いです。私、為末社長が怖い⋯⋯」


 気がつけば私は自分を抱きしめるように本音を漏らしていた。男として好きになるか以前に彼の存在が怖い。確かに今回の件は話題になり、『ベジタブルズ』は終わり、もしかしたら『バシルーラ』も打撃を受ける。


 『フルーティーズ』は衣装の事件が知られれば同情票を集めるだろう。だけれども、私はこの間まで関わってた子たちが落ちていくのを平然と見ていられる気がしない。『ベジタブルズ』は関わりたくないくらい素行の悪いグループだったけれど、アイドルで売れる事を目指していた。しかしながら、今回のことで道は断たれる。


 『フルーティーズ』のメンバーも明らかに動揺している。

「衣装をズタズタにしたのって、やっぱり『ベジタブルズ』だったの?」

 桃香の質問に林太郎が答える。


「そうだよ。防犯カメラに控え室に入るところが映ってたからね」

 林太郎がニッコリと笑うと、3人娘が目を潤ませ出した。


「嫌な奴らだったけれど、そんなことまでする? なんか最低過ぎて、言葉がないわ」

 りんごの声が怒りで震えている。確かにライバルとはいえ頑張っている姿をお互い見てきているはずだ。スポーツのように切磋琢磨とはいかないのが、この業界なのだろう。


「この間の梨子姉さんの件もあるし、2度と表舞台には出てきてほしくないっす」

 苺が怒気を強めて言う。

「みんなようはもう遅いし帰った方が良いよ」

 私は周囲の視線が『フルーティーズ』に集まっているのに気がついた。今日の『フルーティーズ』の衣装は不自然だったし何かあったと勘付かれたのだろう。

「そうそう、みんな送ってくからこっちおいでー」

 林太郎が学校の先生のように誘導し、私たちは彼の用意していた送迎車に乗り込んだ。


車に乗るなり3人娘は皆スマホをいじり出す。


「もう、話題になってますね。『フルーティーズ』が嫌がらせに負けず頑張ってたって!」

先程まで泣きそうだったりんごが嬉しそうにしている。

「サイリウムも話題になってる。グッズ販売して欲しいって書いてあるっす」

苺も頬を高揚させて喜びを露わにしている。



「グッズ販売するよ。来週から、オレンジランドで一ヶ月毎日イルミネーションの点灯イベントするから。そこでまずは個数限定販売する」


「えっ? 一ヶ月毎日ですか?」


 林太郎の言葉に私は目を丸くした。オレンジランドと言えば、冬場イルミネーションで昨今集客している有名テーマパークだ。私も雅紀とデートで行ったことがあるが、非常に混雑していた。カップルというより、インスタ映えを意識した女子たちが多かった気がする。


「夜のオレンジランドに『フルーティーズ』のファンになるようなお客様はいなかった気がするんですけれど⋯⋯」

「行った事あるの? もしかして、デートで?」

「⋯⋯」

 軽い感じで聞かれたのに、私は返答に詰まってしまった。その理由を突き詰めたくない。



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