「オレンジランドで歌うんですか?」
桃香がワクワクが止まらないという表情をしている。若い子の切り替えは早い。私はまだ頭の中で『ベジタブルズ』の子たちの焦燥した顔が消えない。
「そうだよ。まずは『フルーティーズ』が金を払って会いに行くアイドルってイメージをつけないと」
林太郎の言葉に思わず頷いてしまった。確かに『フルーティーズ』はショッピングモールのイベントしか満席にできない。
「オレンジランドの入場料を払った人にはイベント会場で無料でパフォーマンスを見せるって事? 夜から入っても3千円くらいするよね」
会話をしながら脳裏に雅紀とのデートの思い出が蘇る。私は彼に対して全く未練はない。むしろ彼と付き合った時間をなかったことしたいくらい後悔している。
「一応、触れ込みは入場者は無料で観覧できるって触れ込みにする。でも、無料席は最後列だけ。あとは、2000円と、1000円の有料席。グッズは入場者なら誰でも買えるようするけどね」
林太郎の言葉に私は不安になった。オレンジランドのイベント会場はバッグにイルミネーションが見えて素敵な場所。全席で100席はありそうだ。その内、9割を有料席にするという。
林太郎が突然、私に軽くキスしてきた。私は驚きのあまり口をあんぐり開けてしまう。先程、元カレ雅紀のことを考えたのがバレたのかもしれない。
「⋯⋯有料席は埋まるでしょうか?」
やっとのことで声を絞り出す。
「11ヶ月後に、豆粒程度でしか見えない席に7000円払わせなければいけないグループになるんだよ。何、弱気になってるの?」
林太郎の言う通りだ。もしかしたら、オレンジランドに来たお客様がついでに見て行ってくれる可能性もある。私と雅紀もあまりの混雑に疲れ果てて、見る予定もなかったアシカショーに課金した。
私が考えあぐねていると、また唇に柔らかい感触。
「ちょっと、やめてください! 子供がいる前で」
私は思わず彼の事を押し返した。
「2人きりの時なら良いの?」
「友達でいてくれるって約束ですよね」
「友達はやめるって言ってなかった?」
確かに私は林太郎に友達はやめるような事を言った。それは、彼とはビジネス上の付き合いにしたかったからだ。
「私たちのことなら気にしないでください。キス以上の事をされたら動揺しますが、美男美女のラブシーンはご褒美なんで」
りんごが頬を染めながら言う言葉に異常なまでに動揺してしまった。
「キス以上のことなんて、絶対しないから! キスは為末社長にとっては挨拶なの!」
私がワタワタしているのを、林太郎は楽しそうに見ている。
「梨子姉さん、ちょっと気になったんですけれど、急に為末社長に敬語を使い始めたのはそう言ったプレイをしてるんっすか?」
苺の言葉に私は顔が引き攣ってしまった。
「そうだよ。きらりは色々なシチュエーションや関係性を楽しみたいんだって」
「はぁ?」
私は林太郎の言葉に焦ってしまった。彼の言葉はいつも冗談なのか本気なのか分からない。私が今、彼と一線を引こうとしている行動がプレイの一環だと思われたら溜まったもんじゃない。
「いいなあー。私も恋愛したいです。この一年でアイドル卒業したら、絶対恋します」
りんごが心底羨ましそうな目を向けてくる。
「私も、この1年は恋愛はしないよ」
「「「いや、梨子姉さんはしてください! 年を考えてください!!」」
3人娘の声が揃っていて、それを見た林太郎がまた楽しそうにしていた。
3人娘の送迎を終えて、マンションに戻る。林太郎が私の手を引いて、自分の部屋に引き入れようとした。
「自分の部屋に戻ります。為末社長の部屋にはいきません」
「お腹空いてるんでしょ。うちに来なさい」
確かに彼の言う通り、私はお腹と背中がくっつきそうなくらい腹ペコだ。
「⋯⋯ご飯⋯⋯」
「食べさせてあげるから。大丈夫、ご飯を食べるだけ、きらりをとって食ったりはしないよ」
軽い感じで言われて、ここで断っても意識していると思われそうで私は彼に従った。