「今日は一体何を?」
「麺類がいいよね?」
「いや、別に麺類が良いという訳では⋯⋯」
私の言葉に心底驚いたような顔をする林太郎。
「私、作ります。流石にいつも作らせてばかりじゃ申し訳ないんで」
私は慌ててキッチンに立った。
その後ろにバックハグをするように林太郎がくっついてくる。
「離れてくれないと料理できません」
「何作るの?」
「それは冷蔵庫を見ないと⋯⋯」
振り向くとバチっと林太郎と目線があう。
心臓がバカみたいに早くなるのは何故だろう。
私はいつからか彼を男として意識し始めていた。
絶対に悟られていはいけない。
私の人生経験が彼は男としては関わってはいけない相手だと告げている。
「なんか新婚夫婦みたいだね。一緒に料理する?」
「いえ⋯⋯」
誰かと料理したことなんて調理実習以来。
正直、意識し始めた年下イケメンと2人きりで料理なんて無理。
「私、適当に何か作るんで、為末社長はあちらで待っていてくださいますか?」
「嫌だ」
当然受け入れられると思っていた提案を却下されて私は混乱した。
「俺、ここまで十分きらりに譲歩したんだよね?」
「はあ?」
私は唐突な林太郎の発言に首を傾げるしかない。
自由に振る舞ってきたように見える彼が一体何を我慢してきたと言うのだろう。
「俺にときめいてた癖に友達とか言い出されて、今度はビジネスライクに敬語で接せられてさ」
「そ、それは⋯⋯」
ごもっともな意見に私は戸惑った。ここまで私の行動を分析されて、それを口に出されてしまうとは思わなかった。
「イラッとしたけれど、我慢した」
林太郎が突然真剣な目で見つめてくる。いつも微笑んでいるような顔がテンプレートだったので緊張してしまう。
「為末社長の気分を害されたのなら謝らせてください。私にはそんなんつもりはございませんでした」
「ふーん、そうくるんだ」
私の言葉を聞くなり、林太郎は私を横抱きにしてきた。
ふわっと体が宙に浮いて私は体をバタバタとさせる。
「ちょっと、何? やめてください!」
「この反応は、ビジネスライクをやめて友達になったきらり? それとも俺を男として意識している癖に誤魔化して迷走しているきらり?」
全てを彼には見抜かれていたようだ。ここで関係を進めるにはどう言う対応をした方が良いかは分かる。しかし、私は今彼との男女間の関係は進めたくない。彼は危険過ぎて私の手に負える男ではない気がするのだ。
「驚いて動揺している私です。私は為末社長とは男女の関係になりたくありません。流石にそんな冒険できる年じゃないんです!」
咄嗟に出たのは私の偽りざる本音。彼女も作らず遊んで来たような年下男を試せるような余剰のない私の人生。アラサーで適齢期だからというだけではない。雅紀という1人の不誠実な男に14年も振り回されてきた。正直、もう男に振り回されるのはうんざりだ。私自身、自分が情の深いタイプだと理解していて、一度付き合ってしまうと不良債権だと気づいても切り離せない。だから、明らかに危ない男と関わるのは遠慮したい。
「俺と付き合うのって冒険なの? 今まで誰もその冒険にエントリーしなかったって事はさぞかし前途多難に見える冒険なんだろうね。きらりにも、俺との未来がそう見える?」
林太郎が目を伏せながら私の頬に触れてくる。この問いになんと答えるのが正解なのか私には分からない。ただ、林太郎自身が自信満々に見えて自分が他人にどう見えるのかを気にしている繊細な人だという事はわかった。
「ごめん。私の言い方が悪かったと思います。私の勇気がないだけです」
「じゃあ、勇気を出してみようか!」
林太郎がニコッと笑う。先程、落ち込んだように見えるのは演技だったのかもしれない。
「為末社長、正直に申し上げます。確かに社長を意識してしまった事もありましたが、今はやっぱり違うなって思い直してます」
「やっぱり違うね⋯⋯正直に言ってくれてありがとう。じゃあ、料理ができるまであっちで待ってようかな」
林太郎はそう言うと書斎に籠ってしまった。私は冷蔵庫であるもので適当に食事を作って、その後はたわいもない会話をしながら彼と食事をした。彼はプライドが高そうだし、脈がないと見做して口説くのをやめたのかもしれない。私にとってその方が良いはずなのに、何故だか少し寂しく感じてしまった。