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第55話 もっと自信を持ったら?

 オレンジランドのイルミネーション点灯イベント初日。驚くべき事に有料席はネット販売で5分で完売。無料席を求めて大行列。それ以外にもお大勢の立ち見客が出た。


 私たち『フルーティーズ』メンバーは驚いて震えていた。


「な、なんで? イルミネーションのついでにはお金を払って見られるレベルになったってこと?」

 狼狽える桃香に林太郎が声を掛ける。


「もっと自信持ったら? たった、2000円で今話題のグループが見られるんだよ。普通に考えて話題になるし、皆飛び付くでしょ」


 自信に溢れたイケメン社長の一言に3人娘が胸を撫で下ろしたのが分かった。


「グッズも安くないのに、めちゃ売れていますね」

「梨子姉さんのグッズが売り切れっすよ。流石、姉さん!」

りんごと苺が興奮している。私のグッズが売り切れるのは販売数を絞っているので当然。実際にイベントが始まった時に、私のカラーのサイリウムを振ってくれる人は殆どいない気がする。3人娘は夢いっぱいのキラキラした瞳をしている。そんな瞳をした女の子を人は応援したいと思うのだろう。対して私は自分でも未だ見えない未来を彷徨っている感がある。闇雲に努力しているつもりではあるけれど、それは多くの社会人と同じ。若くて視野が狭い故の真っ直ぐさに人は惹かれるのだ。私はキラキラするには、この世界の悲しみを知り過ぎている。


「きらり、どうした?」

「ちょっと、お花を摘みに⋯⋯」

 可愛いい衣装に身を包んだ自分が居心地が悪い。ここは昨年は雅紀とデートに来た場所。カップルが沢山来ているのを知っている。そんな中で中学生と一緒に歌って踊る私はどのように人の目に映るのだろう。テレビで演じるよりも、不安が大きかった。


「えっ? 花? どこに咲いてるの?」

 お手洗いに行くのを「花を摘みに行く」のが林太郎に通じていない。周囲は薄暗くなっていてイルミネーションの点灯準備をしている。花のように飾りつけたLED電球はあっても、自然の花は咲いていない。

(もう嫌!)

 私は逃げるように、昨年見つけた穴場のトイレに走った。背後から林太郎が私を呼ぶ声がしたが無視した。


 穴場と思っていたお手洗いも人々がひしめき合っている。本当に冬場は娯楽が少ないせいか皆イルミネーションが好きだ。イルミネーションは本当は退屈な日々を誤魔化してくれる。


「うわっ、凄い行列⋯⋯」

 行列が凄くて戸惑い思わず声が出てしまった。並んでいる女の子たちの会話が聞こえてくる。


「ちょっと、怖いもの見たさもあるよね。アラサーでアイドルってさ」


 耳に入ってきた声に私は余計にお腹が痛くなった。私だって分かっている。ブリブリな衣装を歌って踊る。アイドルになりたい子は周りが思っている程、純粋ではない。自分を売って成り上がりたいという野心に満ちている。承認欲求の化け物なら歩んでいけるが、私のように目立つ事の弊害に怯えているタイプには不向き。ある程度、若さというバカさ加減がなければやっていけ他だろが、今は只管に周囲の目が気になる。


 突然、腕を引かれたと思うと自動販売機の影に連れ込まれる。


「雄也さん?」

 シャツにジャケットを羽織った雄也さん。私は突然現れた彼を前に目を丸くした。眼前に私を心配してくれている雄也さんがいる。もしかしたら、私は今自分に都合の良い夢を見ているのかもしれない。


「きらりさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いです」

「すみません。実は不安になってしまってお腹が痛くなってしまいまして⋯⋯」


 自分でも素直に出た弱音に驚いている。人に弱みを見せないように生きてきた。でも、雄也さんなら弱い私も受け止めてくれるという安心感があった。私のピンチに駆けつけてくれて、労ってくれた包容力のある彼。私は雄也さんの前だと弱い子でいられる気がして彼に縋りたくなっていた。

 雄也さんは自動販売機でお水を買うと、私に渡してくる。彼の体が大きくて壁ドンされている形になっているので私は周囲から死角になっている。


「お水と、腹痛止めです」

 手渡されたペッドボトルと錠剤。


「ありがとうございます」

 私は咄嗟に受け取ったペッドボトルを開け、錠剤を口に流し込む。ミネラルウォーターが喉を伝いカラカラだった私を潤してくれた。


「ふふっ、飲みましたね。実はそれ惚れ薬です」

 企みを含んだような雄也さんの声色は私の心臓を跳ねさせた。


「ええっ?」

「僕に惚れたんじゃないですか?」

楽しそうに笑っている雄也さんを前に私は動揺するしかない。



「もう、私は⋯⋯」

 もう私は雄也さんに惚れている気がする。今日、彼がこの場に来たのは私を見に来てくれたのだろう。忙しい彼が時間を作ってくれたと思うだけで、胸が熱くなる。

 気がつけば雄也さんの顔がキスが出来そうなくらい近くにある。私は思わず彼のキスを待つように目をゆっくりと瞑った。お互い顔を近づけたその時だった。



「きらり! どこ行った? 花買って来たぞー!」

 唐突に林太郎の声が聞こえて、私は思わず雄也さんを押し返していた。

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