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第57話 どちらと結婚するんですか?


 昨日の興奮冷めやらぬ中、私たち『フルーティーズ』は練習場にいた。3人娘は学校が終わってからの集合だ。


「うちの学校に私を見に野次馬が押し寄せて大変だったんだよ。先生が授業にならないって私が怒られた。どこから個人情報漏れたんだろ。私、あと二年以上あの学校に通うのに困るなあ」


 桃香が頭を抱えていると、苺とりんごが顔を見合わせた。


「マジで? それはキツくない? 学区って変えられるんだっけ?」

「引っ越さなきゃ基本無理だよね」

 3人共、地域の公立の学校に通っている。来年の9月には武道館を満席にするのが目標。でも、目標に向かう過程でそのような問題が出てくるとは思わなかった。


「いやいや、野次馬が悪いでしょ。ブルマ姿とか盗撮されないようにしなきゃね」

 桃香が引っ越すのではなく、学校側が野次馬に注意するべきな気がする。私の方から働きかけた方が良いのかもしれない。私は桃香の個人情報が漏れたのに少し心当たりがあった。彼女のアイドル志望だった母親はブログで娘の情報を発信している。そして、様々な写真から住所が何となく分かってしまう。私は一度彼女の母親とは会っておいた方が良いかもしれない。


「ブルマ姿って何ですか?」

 私が考えあぐねていると、桃香からツッコミが入った。今の中学生はブルマは履かないで短パンだったと思い出す。


「某有名少年まんがのヒロイン?」

「ヒロインじゃないよ。別の人と結婚したもん」

苺とりんごもブルマが分からないようだ。もはや、ブルセラショップにしか存在しない過去の遺物なのかもしれない。


「体操着姿のことだよ。それにしても、ヒロインの定義って主人公と結婚すること?」

「確かに、梨子姉さんのいう通り、結婚しないヒロインもいますね」

「でも、主人公と結婚するのが当然、勝ちヒロインっしょ」

「「「梨子姉さんは、ドクターと為末社長どちらと結婚するんですか?」」」

 私は思春期の3人の好奇の目に晒されていた。


「私は今『フルーティーズ』のことで頭がいっぱいで、結婚の予定はありません!」

 私の返答に3人は首を傾げている。


「なんだか昨日の記事大きいけれど、為末社長と梨子姉さんの密会報道ばかりですね」

りんごがスマホをいじりながら言った言葉に私は居た堪れなくなる。


「私たちが知らぬ間に、キスまでしてたんですか? というかアイドルなのに、恋愛が応援される梨子姉さん凄過ぎ」


 桃香の言う通りだ。私はアイドルだけれど、ガチ恋ファンはいないに等しい。むしろ、好きなアイドルをやって御曹司の彼氏までいる憧れ女子ポジションを望まれている気がする。周囲の望まれるままに林太郎とくっつく訳には行かない。林太郎はアンノウンな存在。知れば知るほど、何を考えているか分からなくて怖い。私は彼と噂になっている事を雄也さんがどう思っているかだけが気になっていた。


「年齢が年齢だからだろうね」


 思わず漏れる自嘲的な笑み。

 アラサーだから結婚に焦るも、年齢的には恋愛対象外になってくる。

 それなのに、イケメン年下御曹司と熱愛中。人が羨むような状況でアイドルをしている。その謎的部分に人が注目していると自分でも分かっている。でも、それは本当の私ではなく偽りの私。実際は、流されるばかりで芯がない癖に、情に流され『フルーティーズ』を成功させたいと右往左往しているだけ。


「年齢って良い女でいれば関係ないって事ですよね。梨子姉さんが証明っす」


 苺が嬉しそうに語りかけてくる言葉をそのまま飲み込めてない。私の今の価値は最上級の年下男、林太郎の存在があってのもの。そう考えると非常に空虚で虚しい。私はますます林太郎を避けたくなっていた。


 私自身も今の自分に幻滅しているのだから、雄也さんもきっと私に失望しただろう。自分と良い雰囲気だった数秒後に、公衆の面前で他の男とキスする女なんて公衆便所より汚い。昨晩の出来事が私に、しばらく恋愛を完全に封印する決意をさせていた。


 自分が軽く見られてきた事に反発するように、地に足がついた真面目な人間でありたかった。本当は芸能の仕事とか地に足がついていない仕事をどこか浮ついたもののように見ていた。でも、飛び込んで見ると『フルーティーズ』のように夢を持ちながら地に足をつけて頑張っている子も存在する。


 3人娘は昨晩の熱狂に興奮しながらも、一晩経てば冷静になっていた。実際、『フルーティーズ』は後発の『ベジタブルズ』に抜かれたり、人気ナンバーワンメンバーが脱退したり長い不遇の時を過ごして来た。それ故に、3人ともチヤホヤされても一喜一憂せず、一過性のものと達観しているようなところがある。


 問題は私。雅紀に弄ばれて、職も失いどん底だった。それが急に、タイプの違うイケメンから結婚を前提のように言い寄られて浮き足立っている気がする。キスをするという事に関しても、もっと大切にしてきたはずなのに林太郎の影響か完全にハードルが下がっている。このままでは痛いビッチおばさん街道まっしぐらだ。再び地に足をつけた人生を歩む為にも、まずは1年間アイドル活動に専念。その後は芸能事務所の社長として林太郎の力を借りずに自立できるようにしなければならない。


「私なんか、全然、本当に良い女はこういう女だよ」

私は昨日、雄也さんから受け取った紙袋から出したCDを見せた。


「凄い! ルナさんソロのピアノ演奏のCD出したんですか? しかも表紙外国語だし!」

 桃香がCDをまじまじ見つめている。ジャケットに映るルナさんは心なしかお腹がふっくらして来ている。


「フランスでリリースしたみたい。追って日本でも発売するみたいよ」

 私の言葉に苺とりんごが顔を見合わせた。


「なんか、うちらも頑張んなきゃって感じっすね」

「いや、でもルナさんは別枠じゃない? 次から次へと曲が生み出せたり、私たち凡人とは違うよ」

 2人の感想は概ね私と同じ。才能がある人を目の前にすると、いかに自分に何もないかを見せつけられる。しかし、才能がある人間など一握り。その才能は魅力的で人をを惹きつけるが、凡人の足掻く姿もまた美しい。


「私たちは、ルナさんと比べちゃうと何もないかもしれない。でもね、何もない私たちが人の心に残る何かを作り出す事もきっとできるよ。だから、今は自分たちの出来ることを頑張ろう」

「「「そうですね」」」」

 私たちは円陣を組んで、練習を始めた。今晩もオレンジランドのイベントがある。


 その時、扉をノックする音と共に来訪者が現れた。






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