ママが梨子姉さんをよく思っていないのはわかっていた。私がルナ様の今曲を歌って踊った番組を見た時、ママは不満そうに呟いた。
「梨子さん、痛いねー。アイドルって年でもないのに」
そこからママの梨子姉さんへの追いかけと批判は止まらなくなった。『梨田きらり』で検索しては梨子さんの経歴に文句をつける毎日。
梨子さんは学生時代にはチアーリーディングの日本代表。大学卒業後は会社員として7年も働いている。。明らかにちゃんとした人。それが、ママの気には触った。
ママは私を産んだせいで高校を中退。今はアルバイト生活。私の将来を思い夜職など後ろ暗い職にはつかないと豪語しているが、いっそ夜職で稼いで欲しい位うちは貧乏。上履きのサイズが変わったことも言い出せない私。それを見た上級生の男の子がお古のサイズアップの上履きをくれる。私としては藁にもすがる思い。それでも、私の貧乏と男から恵んでもらって生きている様は嘲笑の的となった。
担任の町田先生はそんな私に寄り添ってくれた素敵な大人。でも、ママは町田先生に馬鹿にしたように接した。町田先生は確かに見た目はイマイチ。だけれども、地に足をつけて生徒のことを考えてくれる優しい先生。そんな先生を母は初見でブスで可哀想、教師をするしか脳がないと罵った。町田先生が怒りを堪えて、「その通りです。教師は私の天職です」と言ったのが忘れられない。町田先生はその時は我慢していたのかもしれないが、それから私への当たりがキツくなった。
私には生まれた時からママしかいない。ママは私を妊娠した事で勘当されたらしい。私は生まれてくるべきではなかった存在。でも、私は欲張りにも自分の人生を諦めたくなかった。私がいて良かったと母に言わせたくて、アイドル活動を頑張った。結果は惨敗。梨子姉さんが現れ、突然『フルーティーズ』が息を吹き返しただけ。
後発の『ベジタブルズ』には人気を抜かれるし、一番人気の蜜柑も脱退。蜜柑は私から見ると羨ましい憧れの存在だった。親がお金持ちで蜜柑の夢を応援してくれている。蜜柑自身も、芸能活動を辞めても幾らでも道があるような才能のある子。
ルナさんの演奏を見た後だと蜜柑が素人だと分かるけれど、初めて見た時は蜜柑の演奏に魅せられた。お金持ちの子はピアノを習えたりするのだと嫉妬した。ピアノを買える家という一つをとっても蜜柑は別次元。
『バシルーラ』を辞めたのは枕営業を強要せさせられたせいと聞かせされても選択肢のある彼女を羨むだけ。私は枕営業でも売れさせてくれるなら、飛び込むしかない。本当に何もない。
唯一の保護者のママも私がアイドルとして成功するのを望んでいて、その為なら何でもしろと言っている。私もそれが正しいと思っていたが、梨子姉さんを見ていたらうちが変だと分かった。梨子姉さんは2人の男の言い寄られ右往左往。中学生の私から見ても超優良物件。飛びつけば良いのに戸惑っている。自分の気持ちを大切にして、中学生でもできる金勘定もできない純粋な人。だから、梨子姉さんは人を惹きつける。どこか痛い感じがするのに懸命でピュア。それは私たち『フルーティーズ』メンバーにはなかったもの。梨子姉さんが私たちを純粋な子と思っているから、私たちも子どもらしく振る舞っている部分がある。
実際は皆、随分前から芸能界の汚い部分を見て来ているから、どこか冷めている。それなのに、私もりんごも苺も梨子姉さんの前では年相応に振る舞う。笑って驚いて、人の恋路に興味を持つ思春期の女の子。とっくに心など死んでるのに、死んでいる事を梨子姉さんにだけは悟られたくない。ずっと、可愛い3人娘だと慈しんで欲しい。
ワンルームの小汚いアパートの一室。同級生が薄ら笑いを浮かべながら、お邪魔したいと言った部屋。ママと私はまたこの部屋で2人きり。ママはバイトをしては3ヶ月も続かない。文句をつけて直ぐに止める。その癖、私のアイドル活動や行動には口うるさい。「ママに言われたくない、私は必死にやってる!」その言葉を何度飲みこんできたかも分からない。
「私は梨子姉さんが好きだし、『フルーティーズ』を頑張りたい」
「あんなクソ女が社長をやるような事務所はやめなさい! ママがもっと良い事務所を探してあげるから」
何もない部屋で母と向き合う。
「もっと良い事務所なんてないよ。ママは本当に私が枕営業とかしても平気なの?」
当たり前に受け入れていた母の言葉が最近は受け入れられない。
「芸能界で売れる為には必要な事だからね。抵抗を感じている内に私みたいに失敗するわよ。男なんて皆同じ。私だって余計なことを考えて、捧げた相手に裏切られたの」
私の母はあけすけだ。私は小学校を卒業したばかりの女の子。生理について学校で学んだくらいなのに、その先やリスクまで知っている。
子供扱いして欲しいという私の思いを叶えてくれたのは梨子姉さん。他の子なら嫌がるかもしれないが、私は梨子姉さんの子供扱いが心地い良い。梨子さんが私を子供扱いし、少しの成長を嬉しそうに見てくれるのが嬉しい。急いで大人になれと言われているのがずっと苦しかった。