「私の稼いだお金はママに渡してください」
「お金を稼ぐ以上、自分で管理もできないとダメだぞ」
「そうじゃなくて、ママは!」
鋭い視線を気がついて見ると、ママが殺し屋のような目で私を睨んでいた。好みの男の前で自分の体たらくをばらされたくないのだろう。私はママが非常にだらしない大人で、私を売って生活を成り立たせようとしていると分かっている。でも、ママを見捨てられない。ママは私にとって唯一の家族。
「マンションのプレゼント、ありがとうございます。どうせなら整形費用も負担してくれませんか? 桃香が売れるために必要なんです」
ママのたかりが始まった。ママはスーパーでもファミレスでもいつもクレームをつけてたかる。スーパーで買った惣菜に髪が入っていたとか、注文したドリアで腹痛を起こしたとか文句をつける。私はそれが全て嘘だと分かっていた。店員さんも同じだろう。ただ、ママと関わりたくないが為に「お代は結構です」と定型文のように返してくる。
「整形したら売れません。桃香さんはこのあどけない感じが可愛いんです。桃香さん、中学入って何人くらいの男子に告白された?」
「えっ? えっと、先輩いれると50人はこえるかな?」
為末社長がニコッと笑い、ママは頬を染めた。
「桃香、そんなモテるの?」
「う、うん。でも、アイドル頑張りたいからお付き合いは断ってるよ」
ママの願いを叶える為にアイドルは頑張りたい。とはいえ、男の人とお付き合いをしたいと思う日が自分に来るかは分からない。話を合わせる為に男の子に興味をあるフリはする。物心ついた時から、散々ママが私たちを捨てたパパの悪口を聞いてきた。同年代が当たり前のように持っている男の子への期待を私は持っていない。
「そりゃそうでしょ。桃香さんは直向きで可愛い。男から見るとサイボーグ化してない、素の可愛さがたまりません」
イケメン社長に褒められて流石に恥ずかしい。『恋愛するなら為末社長、結婚するなら渋谷ドクター』苺とりんごがしょっちゅう梨子姉さんのつもりで彼らを批評している。私も梨子姉さんをしょっちゅう冷やかしている。梨子姉さんは私よりも夢見る女の子。両親が揃って愛されて育ったのだろう。私はママに愛されていない。私はママのお荷物で、将来お金を稼いでくるかもしれない道具。
私は誰と結婚まで辿り着いても、不幸になる気がする。男の子はいつだって移り気。私に告白した次の日には他の女の子を持て囃していた。まともに相手をしては地獄を見る。
「でも、鼻とか低いし直したらもっとモテるんじゃ」
「ペチャ鼻がチャームポイントです。欠点にお母様には見えるかも知れませんが、量産顔に近付いたら確実にモテない。桃香最大の武器可愛げを失います」
「そうなんですね」
ママはイケメンに弱い。完全に心どころか思考を奪われている。でも、そのお陰で整形しなくて済みそうだ。
「でも、やっぱり梨子社長みたいな正統派美人がモテるんじゃないですか? 若いウチは顔の欠点も愛嬌で済まされるけれど、私は桃香にはアイドルで成功してゆくゆくは女優になって欲しいんです」
私はママの計画にぞっとしてしまった。10代のうちアイドルを頑張れば解放されると思っていた。私は1年半しか芸能界にいないけれど、自分がここには向いていないと悟っている。ただ、ママの夢の為頑張っているだけで、チヤホヤされても嬉しくない。チヤホヤされる度に消費される商品扱いされている気がする。
「⋯⋯ママ、私、アイドルで売れてお金を稼いだらお店屋さんになりたい⋯⋯」
人に言える夢なんてない。ただ、何となく家族でお店をやったりしたら、幸せな気がする。
「お店屋さん、何を子供みたいなこと言って」
「ママ、私は子供だよ。13歳の子供! ケーキ屋さんがいい! 将来はケーキ屋さんになりたい!」
私は小学校の卒業文集には将来はケーキ屋さんになりたいと書いた。
ママは知らないだろう。ママはの卒業文集はいらないから、文集代は払わないと学校に主張した。でも、同級生が持っている文集には私のページがちゃんとある。お店屋さんなら何でも良かったけれど、ケーキが食べられるケーキ屋さんが良い。
誕生日もクリスマスもうちではケーキが出てこない。蜜柑はメンバーの誕生日ごとに丸いケーキを持ってきた。母親に持たされたと言って笑う彼女を見て、世の中には他人の子のお祝いまでできる親がいるのかとショックを受けた。
「ケーキ屋さん? パティシエなんてなれる訳ないじゃない!」
「パティシエにはなれないのに、アイドルでは成功できるの!?」
急に反抗してくる私にママが驚いている。私はママには逆らわなかった。逆らえばお腹を殴られて食事を抜かれるだけ。私はママがいないと生きていけない。今、私がママに言いたい事を言えているのは、この空間に為末社長がいるからだ。好みの男の前でママは酷い事はしない。
「できるわよ。三十路のおばさんでも美人ならアイドルできるのよ。だから、やっぱり桃香も整形した方が良いわ」
「三十路のおばさんってきらりの事ですか?」
為末社長の声が冷ややかになり、一気に部屋の空気が張り詰めた。